ワンルームで御曹司を飼う方法


「台湾に出張じゃなかったんですか?帰るの早過ぎないですか?」

「だから行って来たよ。うちのジェットで。小龍包は買えなかったけど」

 念のため国際線の発着時刻をチェックしておいた私は甘かった。日帰りどころか半日帰りだとは夢にも思わなかった。

「……で、なんでうちへ戻ってくるんですか」

「ん?だって他に行くとこないし。それにここ、窮屈だけど居心地は悪くないんだよね。モンゴルのゲルみたいで」

 なんか昨日よりイメージが更に縮小されてる気が。いや、問題はそこじゃなくって。私は昨日と同じようにベッドに腰掛ける社長の前に座りながら彼を問い詰める。

「一泊だけって言ったじゃないですか」

「そうだっけ?ごめん、俺、誓約書ないとすぐ忘れちゃうんだ」

「そもそもうちで無くったって、さっきの人達も社長の部下でしょ?あの人たちに泊めてもらったらどうですか」

「あれはセレクタリーとバトラーとフットマン。全部ジジイの息が掛かった結城の雇ってる人間だから無理なんだよ」

 その片仮名の職業が何をする人かは分からないけど、ただひとつ私が確信したのは、勘当されたからと言って決してこの社長は放ったらかしにされてるワケではないと云う事だ。

 あれだけ多くの人間に丁重に扱われていた人が、仕事が終わったからと言っていきなり一人にさせられる訳がない。手は出さずとも、間違いなく監視されている。きっと物陰からコッソリと。

 考えてみれば当たり前なんだけど。天下の結城財閥御曹司だ。彼の行動ひとつで何千万というお金が動き、会社の2つや3つだって潰れかねないんだから。フラフラと無防備に放り出されるなんてありえない。しかも、さっきの人数の多さから言って、充さんは結城一族の中でも相当の地位にいる事が伺えた。もしかしたら本家の子息かもしれない。

 という事は昨日からすでにこの部屋は監視されてたんだなと思うと、なんだかプライバシーの侵害でヒドイ気がする。同時に、万が一間違いが起きる心配もなくなったけれど。まあなんにせよ、私に迷惑が掛かってる事には変わりはない。

「じゃあプライベートな友人とか……恋人とかの家に泊まればいいじゃないんですか?」

 なおも社長に出て行ってもらおうと試みるけれど、彼は紅茶を飲み干してからカップをサイドボードに置くとのらりくらりと答える。

「俺、物心ついたときから周りに財閥とか大企業の跡取りとか、そんな人間しかいない環境で育ってるからさ。結城と無縁の友人っていないんだよね。多分もう“充を泊めるな”って連絡が行き渡ってるよ」
 
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