星の音[2015]【短】
「あっ……」


思わず漏れた声が静かな部屋に響いた直後、吸い寄せられるように手を伸ばした。


埃っぽい匂いがしそうな程に古びた表紙。


それが視界に入って来たのは、山積みの資料や棚いっぱいに書物が並ぶ部屋の掃除をしていた時の事だった。


ずっと読みたかった本を貸して下さった教授に何かお礼をしたいと申し出たところ、初老の彼は恐縮したように「15分だけ掃除をお願い出来ますか?」と笑い、所用があるからと出掛けて行った。


資料が山積みである以外には特に汚れた場所の無い部屋では、掃除と言う程の作業はほとんど必要無くて…


恐らくそれを見越しながらも私の気持ちを汲んで下さった教授の心遣いに感謝しながら、棚や窓を拭いた後でローテーブルに無造作に置いてあった資料を整えていた最中、ソファーとローテーブルの間に一冊の本が落ちている事に気付いたのだ。


この部屋の主である教授の私物だろうかと背表紙を見れば、そこには大学名が貼られていた。


校内の図書館の物だという事は、誰かの忘れ物なのかもしれない。


そんな事を考えながらもソワソワしてしまうのは、この本が読みたくて堪らない物だったから。


先日、教授のお勧めだと聞いた足で校内の図書館に足を運んだのに、不運にも貸し出し中だったのだ。


初老の教授のゼミはとてもおもしろく、彼の勧めて下さる本はいつも私の心を惹き付け、他の事を忘れてしまうくらいに夢中になってしまう。


だから、読書が大好きな私にとって、教授のお勧めして下さる本は読まない訳にはいかない。


この本ももちろん例に漏れず、貸し出し中だと教えてくれた司書の女性に次に借りられるように予約して貰ったけど…


あれから10日程がたった今、思いも寄らない形で出会う事になったとすれば、この表紙を捲ってしまいたくなるのも仕方ない事だろう。


ちょっとだけ……


結局、自分自身にそう言い聞かせるのと表紙を捲るのに要したのは、僅か数秒程の時間だった。


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