星の音[2015]【短】

ーーーーーーーー…


「あら、もうこんな時間……」


思い出が詰まった一冊の本を読み返していた私は、どうやら思っていたよりも長い間夢中になっていたらしい。


閉店時間はとっくに過ぎており、いつものようにたくさんの本に囲まれながら慌てて帰り支度を始めた。


ー カランカランーー…


「あ、ごめんなさい。今日はもう……」


看板を片付けてコートを羽織っているとドアが開き、謝罪の言葉を口にしながら振り返ったところで目を丸くしてしまった。


「良かった、まだここにいてくれて」


「どうしたの?」


「仕事が早く終わったから、運が良ければ一緒に帰れるかと思って」


ニッコリと微笑むその表情は、あの頃の面影が色濃く残っている。


スーツ姿でなければ学生時代そのもののように思えるのは、惚れた欲目だろうか。


「珍しい事もあるものね。どういう風の吹き回し?」


「何となくね。それより、会えて良かったよ。閉店時間は過ぎてるから、入れ違いになるかと心配していたんだけど……」


「これを読んでいたらこんな時間になっちゃって」


苦笑しながら古びた表紙の本を見せれば、彼がどこか呆れたように、それでいて優しげな笑みを浮かべた。


「相変わらずだね、君は。でもわかるよ、それは冒頭部分が秀逸だからね。それに……」


「全てを忘れるくらいに夢中になれるものがあるのは、人生においてとても素晴らしい事だよ。……でしょ?」


彼の言葉を遮って得意げに笑って見せると、あの頃と同じような微笑みが返された。


「ワインを買って来たから、帰ったら開けよう。君はその続きを読むといい。僕はこれを読むから」


鞄から姿を見せたのは彼があの日に教授から借りた本と同じ物で、当時既に絶版になっていたにも拘わらず何軒もの本屋や古本屋を廻って見付けて来たのだ。


「ほら、早く帰ろう」


「えぇ、そうね」


店の鍵を閉めた後、差し出された手にそっと自分の手を重ねる。


そして、たくさんの星が輝く冬の夜空の下、彼と肩を並べてゆっくりと歩き出したーー…。








END.





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