僕と、君と、鉄屑と。
プロローグ
 また、目が覚めた。別に、覚めなくてもいいのに。
 ベッドの中の私は、昨夜のままで、タバコとお酒と香水が入り混じった、最悪な臭い。エアコンはつけっぱなしで、喉が痛くて、生暖かい空気に、自分の最悪な臭いが充満している。

 時計を見ると、午前十時。まだ寝ようかとも思ったけど、もう明るいし、臭いし、トイレにも行きたいし、仕方ない、起きよう。
 トイレに行って、シャワーを浴びる。汚い髪、傷んだ肌、やつれた体。シャワーを浴びたって、何も変わらない。ただ、ドロドロのファンデーションが落ちて、最悪な臭いがなくなっただけ。

 私の部屋には、何もない。あるのは、ベッドと、小さな座机と、少しの食料。私はただ、死んでいない。もう、この命に意味なんて、何もないのに、私はまだ、死んでいない。

 いけない、忘れてた。家賃、まだ振り込んでなかった。死んでいない限りは、ちゃんと、家賃を払わないと。
 私は、三着の内の、一番派手な、紫の『仕事着』を着て、傷んだ肌を隠すように厚いメイクをして、禿げたマニキュアは無視して、部屋を出た。いつの間にか、また冬になろうとしている。外は、北風で、この前バーゲンで買った、レオパード柄の、趣味の悪いコートのポケットに、手を突っ込んだ。

 振込を済ませ、部屋に帰る気も、ない。タバコの吸える数少ない、古ぼけた喫茶店に入り、サンドウィッチとコーヒーを注文した。入店時間まで、後三時間。ここで、過ごそうかな。タバコに火をつけ、置いてあった週刊誌を広げる。写真だけを眺め、ペラペラとページをめくるとすぐに終わってしまうから、二巡目、開始。

「ここ、よろしいですか」
顔を上げると、痩せた、神経質そうな、メガネの男の人が立っていた。
「他、空いてるけど?」
「ここに、座りたいのです」
変な奴。私しか、客、いないのに。
メガネの彼は、カシミヤの黒いマフラーを外した。スーツはたぶん、オーダー。ふうん。いいセンス、してんじゃん。

「失礼ですが」
「何?」
「ご結婚、されていますか?」
「はあ?」

「もし独身でいらっしゃるなら、契約、していただけませんか」
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