僕と、君と、鉄屑と。
幻影

(1)

 インターホンが鳴って、カメラを覗くと、そこにいたのは、村井さんじゃなくて、直輝さんだった。
「お、おかえり、なさい」
すごく緊張して、彼のカバンを受け取る手が、少し震えた。
「ただいま」
そんな私に、彼は、いつもの通り、優しく微笑んで、カバンを差し出した。
「いい、匂いだね」
「あ、今日はね、ハンバーグなの」
 彼がこの部屋に来るのは、この部屋を契約した時以来で、もう、一ヶ月が経とうとしていた。

 私と彼は、初めてテーブルを囲んで、初めて、この部屋で、夕食を食べている。彼はずっと優しくて、左手の指輪を見て、私は安心していた。
「忙しいんだね」
「ああ」
「美味しい?」
「美味いよ」
「今夜は、ここにいるんだよね?」
「そうだな」

 食事を終えて、後片付けをして、お風呂を済ませて、寝室へ向かった。初めてだった。彼とベッドに入るのは、今夜が初めて。キスですら、結婚式の『儀式』でしただけ。新しい下着と、新しいパジャマ。きっと、素敵な夜になるよね。

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