死にに行く。ナイフと馬人間と

掘る方では、日本の倍はもらってると言われていた。


二十代前半の僕には、一日二万八千円は大きかったし、仕事が進んだら更に幾らかのお金を追加でくれてて手取りで七十万円は最低でも貰えた。


それに、ここでは休みの日以外は遊び事もないのでお金は貯まるばかりだった。



しかし、良い事ばかりではなかった。コンクリート班には二十五人の人間が居たが、そのうち七人がタイ人だった。


忙しい最中に居ないというのは日常的で昼にやって来るやつもいたからだ。



そして、更に人間がいつも入れ替わる為に同じ事を言葉が通じない中で教えないといけない。


自然に日本人達は、彼等を仕事の戦力として見なくなる。


来たら誰でも出来る路盤の整地をさせる事が多かったが、これでさえも手を抜く為に班長は怒って殴り飛ばしたら痩せたタイ人に反撃されて日本人とタイ人で乱闘になった事もあった。


タイ人と日本との間には、溝が出来憎しみが生まれていた。



仕方ない事だなと今でも思う。賃金の違いや仕事のやり方民族性の違いなど色々絡み合ったのだと思う。



しかし、中には小数ではあったが真面目にコツコツ働くタイ人も居て日本人とも上手く行っていたのも確かだった。



俺は、怒ってるタイ人を見ながら色々考えようとしたが面倒になっていた。


名前すら浮かばなかった。浮かぶのは暑さと恐怖から来る汗だった。



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