妖刀奇譚





だが、今日は永近がいない。


思葉が観ようという姿勢になれるのは、何かあっても永近が傍にいてくれるという安心があるからだ。


かといってここに放置しておくわけにもいかず、嫌な予感を抱えながらも、思葉は一つくしゃみをして風呂敷包みを中に運んだ。



硝子戸の鍵を閉め、脇にあるテーブルの隅で包みを広げる。


いかにも古そうな木箱が顔を出した。


ほんのり甘くつんとした香りが鼻に触れる、檜だろうか。


何も書いていない蓋を開けると、まず目についたのは照柿色の櫛だった。


ヘアブラシの形状ではない。


時代劇でよく見かける、女の人が髷に挿すような半月型のもので、しかも木製だ。


確か押櫛や飾り櫛、塗櫛という種類だったと思う。


素材はおそらく、静電気や摩擦熱を起こしにくくダメージヘアを防ぐ効果がある柘植の木だろう。


以前、美髪には柘植櫛と椿油を使うのが一番だと綾乃に力説された覚えがある。


綾乃の、腰まで伸ばしている真っ黒な紙は少しもうねっておらずしかも艶々で、全校美髪コンテストなんてものをしたら間違いなくダントツの一位になるのではないかと思う。


くせっ毛が悩みだとぼやく実央に、柘植櫛でとかすのがいいと話していたのを思葉は一緒に聞いていた。



(そういえばおじいちゃんが、柘植の木は固くて丈夫だから、何十年も使い続けることができるって教えてくれたっけ。


だから使い込まれているみたいなのに、こんなにきれいな状態なのかな)




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