――ふかふか。

席へと戻る途中、少し気分が落ち着いた私は「ここのホストクラブの造りは一流ホテルより豪華に違いない」とか考えながら、フロアへと続く廊下で絨毯の模様を目で追って歩いていた。

だから、ずっと下を向いてた私は前をちっとも見ていなくて。
先にあるフロアのドアから誰かが出てきたことなど全然わかるはずもなく。


――ん……?

気付いた時には既に遅く、「その人」が目の前に迫っていた。


「あっ!」

避けようとするも、酔っているせいもあってか私の身体はよろけて傾いて。

――転ぶ!

と思わず目をギュッと閉じた途端、


「!?」

グイッ、と強い力に引き寄せられた。


「……え」

そっと開けた視界いっぱいに広がるのは濃いグレーのスーツ。
ふんわりといい香りが私を包み込んでいて。
どうやらすっぽりとスーツの胸の中に抱き留められているらしい。


「――大丈夫か?」

その私に上から降ってきたのは低くて冷静な声。

「あ、えっ、だ、大丈夫…ですっ」

慌ててその腕の中から出ようと、前にある胸を押す私。
でも、


「――痛っ」

足首に走った痛みに思わず声が出た。


――フワリ。

次の瞬間、スーツの胸から離れることなく自分の身体が宙に浮いた。


「えっ!!」

――抱き上げられた?!


「――足を捻ったな」
「…あ」

声に目を上げれば、驚くほど近くにあるその人の顔に硬直した。


「!!」

サラリと、ワックスで後ろに流された長めの黒髪。
鋭い瞳が斜めにかかる前髪から覗き。
筋の通った高い鼻に、形の良い薄めの唇。

一度見たら忘れられないほどの冷たい美貌が私を見下ろしている。


――この人、だ、誰……??

足の痛みは瞬時にどこかに飛び、頭の中は真っ白に。


「あっ、あのっ…」
「――動くな」

低い声でそう言うと、私を抱いたまま速い足取りで開けられているドアからフロアへと入るその人。


「!」
「……」

私達の姿にフロアがざわつきはじめ、こちらに気付いた理沙と博人さんが席を立つ。


「どうかしましたか?」

少し慌てた様子で走り寄ってくる博人さん。

「足を捻ったようだ。向こうで手当てをする」
「向こう?…ああ、VIPルームですね。わかりました」

博人さんは、側に来ていた黒服の人に、扉を開けるようにと指示を出して。
すると、私を抱いた人は扉が開けられた部屋へと足を向けた。


「…あ、あのっ、下ろしてください」
「手当てをした方がいい」
「で、でも……」

低い声とともに向けられる鋭い瞳に、思わず身体がビクリと震える。
それなのに、

「――思ったより、」

その人は口角を上げて、私にグイッと顔を近づけた。

「だいぶ軽いな」
「~っ!」

耳元で囁く低い声に、自分の顔の温度が一気に上がってゆく。


――…と、とにかく下りなくちゃっ

わけのわからない恥ずかしさから、身を捩り、手で人のスーツの胸を押してみたものの、

「――落ちるぞ」

腕の力は抜けるどころか逆に強く抱き締めてきて。

「なっ…」
「――フッ」

ニヤリ、と鋭い眼で見下ろされた。


――…も、もうっ!この人何っ?

「り、理沙っ」

通り過ぎざま、理沙に助けを求めれば彼女はこちらを見たまま唖然と立ち尽くしていて。
あっという間にその姿はVIPルームの扉が閉められて見えなくなってしまった。



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