甘やかな螺旋のゆりかご
5・ブローディア
*5・ブローディア*


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探偵事務所とは名ばかりの、もう何でも屋にしてしまえと新人事務員に言われるような依頼を今日もこなし、自宅兼事務所に帰宅する。一階部分がコンビニの三階建のビルの二階がそこだ。便利で俺は大層気に入っている。


階段を上がり、二つあるうちの手前の扉が事務所。奥は長い間空き物件のまま。もうずっとそのままのほうが気楽だ。住居兼だから静かでいい。


「え、マジでっ!! 彩音ちゃん大好き~っ」


……、事務所の扉を開ける前から大音量で漏れてきた声は、十年前に別れた元妻のほうにいる娘のそれ。なんで女子高生というのはどれもこれも五月蝿いのか。そして何故来た? ……ああ。あれか。今月の養育費まだ振り込んでなかったか。


「ただいま……」


「パパおかえりなさ~い」


「明日入金があるから催促は必要ないぞ。娘さんよ」


「ちがう~。会いにきただけだってば」


「裏があることこの上ないっ!!」


「娘のためなら本望じゃん?」


事務所の出入り口からは見えない応接セットで寛ぐ愛娘は、けれども膝の上に過ぎた父の日のプレゼントを乗せていて、もう少し小さかったなら肩車をしてやりたい気分だ。


黄色いラッピング袋に、父の日と書かれた青いリボンが巻かれたものを受け取ると小遣いをあげてしまうくらいには、俺は娘に甘いなと頭を抱える。けれどもいい。事務所を開いて離婚した頃は、本当に何もしてやれなかったんだからな。こうして訪ねにきてくれることのなんと幸福なことか。


娘の頭をくしゃりと撫でながらその隣に座ると、玄米茶のいい匂いと一緒に足音が近付いてきた。


「大丈夫だったか?」


「留守を預かるのがわたしの仕事ですから。――配達があったので同時に集荷も済ませました。レドを病院に連れていく依頼が一件、一時間前に」


レドというのは、近所の金持ち宅のゴールデンレトリバーのことで、何故か俺には絶対服従してくる故の依頼だ。……探偵事務所なのに。


半年前に雇った新人事務員のお嬢さんは、俺を所長と敬わない態度で、俺好みの熱い玄米茶を差し出しながら見下ろし、そつない業務報告をしてきた。


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