おじさまと恋におちる31の方法
【1】 初めまして、まずは『恋人』から

木曜日、午後4時。

人もまばらになり始めた喫茶店へ、『いつもの彼』はやってくる。


「アメリカンを一つ」


口にするオーダーはいつも同じもの。

オーダーが済んだら、持参している古びた鞄から、これまたくしゃくしゃになったキャンパスノートを広げる。

そして短くなった鉛筆を額や唇へ当てながら、ノートへ何かを書きつけ…。



「お待たせ致しました、アメリカンコーヒーでございます」


オーダーのコーヒーを彼のテーブルへ運ぶ時、内海紗江はいつもそのキャンパスノートを覗きこむ。

そこには英語だったり日本語だったり、日本語でも知らない単語ばかり並んでいたり…
毎週見る度に、違った内容がぎっしりと書き連ねられている。

しかしどれも綺麗とは言い難い文字で、一瞥するだけで内容の全てまで分からないのが常だった。


そんな店員の視線に気づかないのだろう。
『いつもの彼』は、目尻に皺を浮かべて乾いた笑みを作る。



「ありがとう」

「どうぞごゆっくり」


紗江は彼への干渉そこそこに、笑顔のままテーブルを去った。

カウンター裏でこちらの様子を伺っていたマスターが、彼女が戻るなり口を開く。



「内海さん、どうだった?」


マスターは整えた口髭を摩りながら、興味を隠しきれないという笑みを浮かべた。
紗江も負けじとニヤニヤと笑いつつ答える。


「今週は日本語でした。…何だか、日本文学の云々…みたいな事を」


客がほとんどいなくなるこの時間帯。

その暇な時間に毎週きっかりやってくる「常連客」は、喫茶店員の格好の話題のタネだった。


「ふうん、そうかあ。『教授』はやっぱりインテリだね。案外、本当にどこかの先生かもしれないなあ」


『教授』というのは、マスターと紗江の間でつけた「常連客の彼」のニックネームだ。



男の人にしては少し長い髪。
色素の薄い、少し茶色がかったその髪は、手入れもそうしていないだろう髪型でも品が良く見える。

着ているのは、大抵スーツかくたくたの白いシャツとブラウンのセーターベスト。

すっと通った鼻筋。低い声。温和な口調。

二人は『教授』が30代、もしくは40代だと見ている。



「先生だったらこの時間にいないですよ。だって平日の午後4時に毎週来ているんですよ」

「そりゃそうかあ、ははは」


とはいえこのマスターも、温和さというかのんびりさにかけては負けてはいないのだが。

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