改札口の前から並んでいる桜並木は、夜に溶けてつながっているようだった。
 夏帆の家から四駅行ったところ。昼間も、この場所にいた。

「なんでここなの?」
 訝るように悠樹を見返す。悠樹はニッコリと笑った。

 ――ちょっとデートしよっか。

 駅まで送っていくだけのつもりだったのに、改札口の前で悠樹がそう言った。
「こんな時間から?」
 冗談じゃない、というニュアンスをこめて眉をひそめた。明日の持ち物の最終確認だってしたいし、ゆっくりお風呂に浸かって肌を整えたい。なんといっても結婚式前夜なのだ。
 それなのに悠樹はニコニコ笑ったまま、夏帆の手をぎゅっと握った。
「ダメ?」
 ダメに決まって――。言いかける夏帆に顔を近づけて、
「良いって言ってくれないと、このままキスして持って帰るよ」
 真顔で囁く。
「――――なっ」
 瞬間で真っ赤になった。ただでさえ、年齢差のある二人が一緒にいると目立つのに。今だって、来た電車から降りた乗客たちが夏帆たちのことをチラチラと見ていく。
 っていうか、持って帰るって。

「お父さんもお母さんもホテルにいるでしょっ」
 やっぱりさっきのお酒で酔ってるんだろうか。見た目は平気そうだけど、わからない。父なんて日本酒の瓶を抱きしめたまま眠って、母に「とうぶんお酒はおあずけね」と言われていた。
 絶対や――と言いかける夏帆に、ゆらり。悠樹の顔が近づいていく。ぎゃあっと叫んで、
「わ……わかった。でもちょっとだけだからね!」
 結局夏帆が折れることになった。

 ほんとに勝手なんだから。ジロッと悠樹の背中を睨む。
 でも本当は少しだけ、心の奥が喜んでるのも知ってる。

 だってようやく二人きりになれた。

 「着いたよ」
 悠樹が笑って言う。
 石門がそびえ立つ建物は、夜に見ると不気味にも映る。もう立て看板は撤去されてるし、風に倒されてる自転車もない。
 昼間卒業式を行ったばかりの高校だった。
 
 怪訝な顔をして悠樹を見る。悠樹は笑って、
「俺さ、一度やってみたかったことがあるんだよね」
 言うなり、ニメートルはある塀に指先をかけると、ひらりと上に飛び乗った。
「なっ」
 驚いて固まる夏帆を見下ろすと、悠樹は笑ったまま手招きした。
「夏帆も来てよ」
 来てよじゃない。なにやってんのよ。慌てて駆け寄って、
「ちょっと、見つかったら大変だよ」
「大丈夫だって」
 悠樹は自信満々に笑う。やっぱり酔ってる。ぜったい酔ってる。

 夏帆は塀に手をついて悠樹を見上げながら訴える。
「ふざけないで、降りてきて」
 怒る夏帆とは反対に、悠樹は柔らかく笑った。風が吹いて悠樹の前髪が揺れる。悠樹の背中越しに、丸い月が浮かんでいた。
「どうしてもやってみたいんだ。今日で最後だから」
 ダメ? と小さく首を傾げる。夏帆はガックリと肩を落とした。

 お義母さん、たしかにこの子は、一度言い出したらきかないと思います。

 ハァーッとため息をつく。
「私は登らないからね。せっかくきれいにしてもらったのに」
 白い爪を見下ろす。ここで割れでもしたら、明日ミドリになんて言われるかわからない。
 悠樹はふたたび笑うと、前のめりになった。飛び下りる前の猫のような体勢を取ったと思うと、次の瞬間手が伸びてくる。
 
 え?
 
 浮いたのは一瞬だった。気がつくと、塀にしゃがみこむ悠樹の腕の中にいた。まだ足は宙をブラブラしている。
 
 ――――!

 叫ぶのも怒るのも、とにかく足が地面を踏んでからだ。必死の思いで足を塀に持ち上げると、悠樹がすばやく支える。もちろん感謝なんてしてやらない。
 おもいきり睨みつけると、悠樹は平然と笑った。
「ようこそ俺の学校へ」

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