続 音の生まれる場所(下)
歌姫
土曜日の夜、はしゃいだ声で電話がかかった。

「真由子!今日すごいゲストが練習見に来たよっ!」

シンヤからだ。

「ユリア・シュミットさんていうドイツ人!もっさんの知り合いだって!」

ハルも一緒か…。

「そう…」

相変わらずペッタリくっ付いてたんだろうな…と見なくても分かった。

「ユリアさん、もっさんのこと『SAM』とか呼んでさー、カッケーのなんのって!」
「ふーん…」
「週末、オペラで主役演るらしくって、歌まで歌ってくれたんだよ!それがまた最高に上手くてさ!」
「…良かったね」

聞いてるとイライラしてくる。この二人、私をシットさせる為に電話してきたの⁉︎

「真由も今日来りゃ良かったのに!」
「本場のオペラ歌手の歌声、鳥肌もんだったよ!」

電話口で交互に喋ってる。練習後の一杯で相当盛り上がってるのは分かるけど…。

「行っても吹けないもん。鼻づまりひどくて」

今朝も朝から花粉が相当飛んでた。こんな日に外に出たら大変なことになる。

「そんな事言ってっと、ユリアさんにもっさん取られっぞ!」

少し呂律回らなくなってきてる。ハルってば、もう酔っ払ってる。

「仲良かったよ。あの二人」

シンヤまでそれ言う…⁉︎

「そうね…確かに仲良かったよ。昨日も!!」

ブチッ!
電話切っちゃう。頭にくるったらない。人の神経逆なでして何が楽しいんだか!



ーーー昨夜、言い訳メールに返信があった…。

『次は一緒に行こう』

お寿司屋さんの写真。でも、写ってるのはユリアさん。

「なんでよ…」

ムッとした。短文だけならまだ我慢できる。でも、ユリアさんの写真付きっていうのは許せない。

『私、お寿司はキライです!』

怒り顔付きのメール送ってしまった。その後、彼が何も言ってこないまま土曜日になり、さっきのハルシンからの電話。


「もう最悪…」

気分も体調も優れない。なのに、こんな時ばかりついてなくて…。



「…ゲラ確認ですか?」

月曜の午前中。花粉も多く飛んでるのに、坂本さん所へ…なんて、あんまりだ。

「先月聞いた話のゲラがやっと出来上がったから頼むよ。工房の場所知ってるの小沢さんだけだし…」

自分は忙しいから…と三浦さん。私だって暇じゃないのに…。

「ゆっくりしてきていいから」

いつもなら殺し文句に聞こえるけど、今日は地獄の囁きだ。

「いいです。さっさと行って帰って来ます」

怒ったようにゲラを手にする。それから帽子とメガネ。マスクはこの最近、外したことない。

「あっ、そうだ。三浦さん、私伺いたいことがあるんですけど…」

うっかり忘れてしまうとこだった、ユリアさんの留学の話。手短に相談。そしたらこう言われた。


「うちのに聞いとくよ」
「へっ⁉︎ 奥さんに…⁉︎ (何で…?)」

留学と奥さん、何の関係が…?と疑問を持ったまま外へ出る。

「っくしょん!」

ズズッ…。やっぱり思ったとおり花粉相当飛んでる…。
ハンカチ片手に電車に乗る。工房までは片道40分。駅からも徒歩で10分以上ある。

(こんな天気の日に電車と徒歩なんて…ついてない…)

ゆらゆら揺れる電車の中ではさすがにクシャミも出ない。でも、目が痒くて涙が滲む。頭もボーッとしてなんだか重い。

(体調スッキリしないな…このまま家に帰りたい気分…)
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