続 音の生まれる場所(下)
サムライ
家に帰った私を、母はいつもの調子でからかってきた。

「てっきり朝帰りかと思ってたのに早かったわねー」

その言葉を無視して部屋に上がる。無言でいる私に何かあったのは分かったみたいだけど、母はあえて聞いてもこなかった…。

(あの時とは違うな…)

過ぎ去った日を振り返る。


あの初秋の日…朔の入院してた病院から、私は自分がどんなふうに家に帰ったか憶えていない…。
多分、すごく取り乱してる私を見て、親戚の誰かが乗せて帰ってくれたんじゃないかと思うけど…。



…気づいたら家の前にいた。
ぼんやりと突っ立てる私を、一番最初に見つけたのは母。
朝から朔のお見舞いに行くんだと張り切って出かけたのを知ってた母は、今夜みたいにからかってきた。


『どうしたの?今日は早いのね。朔ちゃんとケンカでもしたの?』

娘のカレシをちゃん付けで呼ぶ程、母は朔のことを気に入ってた。付き合うことになったんだと話した時も「あの子ならお母さんウレシー!」と喜んでた。だから私がこう言った時、信じられない顔をして立ち尽くした…。

『朔…死んだの…骨肉腫っていう…病気だったらしく…て…病室のドア…開けたら……先生が……亡くなった…って…言って……』

夢の中にいるような気がして、頭の中に残ってる景色が全部、靄のかかってる感じがした。

『…声をかけても…朔…目を開けてくれなくて……揺すっても何しても……怒りもしないんだよ……私が…すぐ側にいるのに……名前も…呼んで…くれなくて………』

ボロボロ…と涙が零れ落ちる。
病室で相当泣いたような気がしたのに、ちっとも枯れてなかった…。

『お母さん……朔……どこへ行ったのかな……?…私…ここにいるのに………』

握りしめた拳で目を押さえつける私を、母はぎゅっと抱き締めた。
何も言わず、一緒になって泣いてくれたーーー。



ーーー今の私があるのは、あの後、母が懸命になって支えてくれたから。部屋から出られなくなった私を見守って、励まし続けてくれたから…。


(だからって…さすがに27歳の娘の相手まではできないよね…)


坂本さんと付き合ってると、言葉にしては言っていない。でも、あの人のおかげで音の世界に戻れたんだということは話してる。
母自身、彼のことをとても信頼してるみたいだったし、きっと付き合ってることも分かってるはず…。


そんな彼のことを、私は裏切った…。
好きでもない柳さんと寝たことは、どんな理由があってもしていい事じゃなかった…。

(……ホント……最低……)

今更ながら呆れる。自分で自分がイヤになるーー…。



コンコン!
ドアをノックする音に振り向いた。

「…はい…」

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