それは、一度終わった恋[完]
なんの言い訳もせずに主張する一之瀬さんがおかしくて、私は笑ってしまった。
そしたら、黒い気持ちでいっぱいだった胸の中が、なんだか少しずつ晴れてきた。
「それで、何があったんだ」
「いえ、いのまりのことはちょっとやっかみ言われたくらいで……あ、親にお見合い強制されたことでちょっともめてて、それで」
私はいのまりのことはあまり話したくなくて、少し違う話を本題に変えた。お見合いなんて無視してればいいだけだから今の所そんなに悩んではいないのだけど。
「なるほどね、状況が今の俺と似てるな」
「え、一之瀬さんもお見合い強制されてるんですか?」
「いや、お見合いっていうか、普通に、彼女に結婚急かされてる」
そりゃあこんなかっこいい人まわりが放っておくわけないですよね。
そんな風に納得するまでに、驚いて表情を10秒間くらい固まらせてしまった。多分まばたきも呼吸もしていなかったと思う。
一之瀬さんに新しい彼女ができることなんて、考えたことがなかった。
なんて愚かだったのだろう、私は。
彼女もちの人を(今回は無理やり一之瀬さんがあがったが)家にあげるなんて、いくら知らなかったとはいえ私は……。
「い、一之瀬さん……今度からロビーか近くのファミレスで打ち合わせしましょう」
「は、なんでいきなり」
「彼女いるのに家上がったら駄目ですよ……」
顔面蒼白になって忠告したが、一之瀬さんはけろっとした表情で答えた。
「やましいことなんか一切してないだろ。これは仕事だ」
そういう問題ではないです、と真顔で言ってのけて、私は彼をリビングから玄関まで追い出した。
多分彼は、私のことなんてもう1ミリも女として見ていないから家に上がれるんだ。分かってる。
でも、私は、まだ未練があると自覚してしまった以上、一之瀬さんを家にあげることはできない。一之瀬さんが私を全く女として見ていなくても、関係なく。
一之瀬さんが私のことを心配してくれて嬉しかったけれど、この優しさを1ミリも勘違いしてはならない。
今の彼女を羨ましく思うことも許されない。
だって私から、彼を手離したのだから。