午前中から東京の空に重く広がっていた厚い雲。
夕刻を過ぎた頃には既に都会は闇をまとい、午後になって降り出した雨は人知れず雪に変わっていた。


この寒空の下、甲板に出て来る奇異な人間がいたとしたら、季節外れの雪も話題の一つになっていたかもしれない。


しかし、天気の話題など、熱気に包まれたホールで歓談する人間には全く無用だった。


男性はタキシード、もしくはそれに準じた正装。
女性は腕どころか肩も胸元も大きく開いた豪華なイブニングドレス。
シャンパングラスを片手に煌びやかなホールを練り歩く彼らに、天気の話など無粋なだけだった。
そんなことよりもっと有益な話題……一寸先の未来に繋がるコネクション作りの方が大事だ。


『ここでお会いしたのも何かのご縁ですから』


男性同士、女性同士、そして男女。
繰り広げられる会話は仕事上での取引を匂わすものだったり、打算と駆け引きの探り合いだったり、今夜のひと時への誘惑だったり。


目先の利益への欲望に駆られた人間達の目には、嵌め殺しの小さな窓の向こうの闇夜の景色など、全く目に入らないどころか、意味のない些末なことでしかなかっただろう。


格式高い社交界を思わせる非日常的なパーティーは、三月上旬の一際寒い一日の夜に行われていた。


東京湾を二時間掛けて一周する豪華客船でのディナークルーズ。
その夜は、百人の招待客と総勢二十人の乗務員が乗船していた。


パーティー開始の五分前に埠頭を出港。
ゆっくりした速度で航行する客船の中で行われたのは、今夜のホストである青年実業家の婚約披露パーティーだった。

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