LOZELO



8.知らない世界に、こんにちは



随分楽しかったみたいだね。

週明け、回診に来た江口先生に、洗濯したハンカチを手渡すと言われた。

江口先生には涙を見られている手前、少し目を合わせるのが気恥ずかしいけれど。

笑って、泣いて。何時間、話し続けただろう。

絶食中の私に気を遣って、同じ気持ちを味わうんだ!と食事もせずに。

帰る頃には日が暮れかけていたし、3人とも話しすぎて喉がかれていた。それにも3人で大爆笑。

私の家庭事情を聞いた二人は、真剣に私の気持ちに向き合ってくれて。

何かあったら、私たちの家に家出してくればいいじゃん、と本気で言っていた。

こんなに友達に恵まれていたなんて。

その愛情を受け取ることをしてこなかった私は、つくづくもったいない。

退院したら、遊び倒したいなと呟いたら、"今までも休みの日だって紗菜と遊んだりしたかったけど、気遣ってたんだから"と莉乃に愚痴られた。

莉乃のこと本当は大好きだし。と言ってあげたら、本気で喜んでいたけれど。

夏美も普通にメールをくれるようになった。


「先生、私、お父さんと話してみます」

「うん。無理しないで少しずつでもいいから」


何もしないと何も始まらないし、変わらないからね。

重みのある言葉が、私の心にスーッと沁みていった。


「あ、そういえば、お父さん来る日決まった?」


江口先生が去り際、訊ねる。


「これから、聞いてみようと思ってます」


でも今が幸せな分、現実と向き合うのが辛くて、億劫で。

江口先生が病室を出て行ってから、長時間をかけてようやく作成したお父さん宛のメールは、いつでもいいから来てほしい、と絵文字も句読点もなく簡素に。

メールを送るなんて、初めてかもしれない。

電話すら、あまり掛け合ったりしなかった。
< 103 / 177 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop