落ちる恋あれば拾う恋だってある

「申し訳ありませんが、役員フロアまで上がってきて頂けますか?」

「何かありましたか?」

「取りあえず上がってきて頂いてからお話しします」

宮野さんの抑揚のない声は受話器を通すとより一層冷たい印象を受けた。

「分かりました……今行きます……」

「よろしくお願い致します」

プツリと内線が切れた。

はぁ……秘書室からの呼び出しって何だろう……。

「ちょっと秘書室に行ってきます」

通話の様子を横で聞いていた丹羽さんに告げた。

「げっ、秘書室か……何だって?」

「取りあえず来てほしいそうです」

「何それ……向こうから来いっての!」

「どうせまたお茶がなくなったとかだと思いますけど、行ってきます」

「お願いね」

同情の目を向ける丹羽さんに見送られて私はエレベーターに乗った。

秘書室に限らず、どの部署も総務部総務課を便利屋扱いしている。「役員の飲むお茶を買って」だの、「電球が切れた」だの、「パソコンの調子が悪い」等々。
確かに社内の備品の発注は総務部総務課の仕事だけど、書類は処理するから備品は自分達で買ったりつけたりしてほしい。

心の中で文句を言っているとエレベーターは役員フロアに着いた。
フロアに出るとエレベーターのすぐ横にある観葉植物の前に宮野さんが立っていた。

「お待たせしました……」

「わざわざ申し訳ありません」

宮野さんの口調からは申し訳なさは少しも感じない。

副社長の専属秘書である宮野さんは今日も変わらず上品なブランドのスーツを着こなし、薄すぎず濃すぎないナチュラルメイクの完璧な姿だった。同じ女として憧れるけれど、仕事も完璧なだけに冷たい印象を受けて少々苦手だった。

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