どうぞ、ここで恋に落ちて

それまでお客様にオススメの本を聞かれることはあっても、"好きな本"を聞かれたことはなかった。

流行りや世間の評価を考えず、ただ純粋に好きな本を選ぼうとしたとき、すぐに頭に浮かんできたのはとある一冊。


「あの……あまり有名ではないんですけど、イギリスの古典文学に『砂糖とスパイス』っていう小説があって」

「へえ、どんな話なんですか?」


そうして問われるままにお気に入りの作品について語っていると、知らず識らず熱が入る。


『砂糖とスパイス』は私がまだ中学生の頃、地元の図書館で借りた本だ。

15歳の少女が恋や将来や様々なことに悩んで成長していく物語で、かなり古い小説だったけど、私が本好きになったきっかけの一冊でもある。

当時私が読んだのは、春名栄太郎さんという翻訳家が訳したものだった。

しかし今では別の人が訳した新訳本が出版されて、春名さんの旧訳本は絶版になってしまった。

図書館でも廃棄対象になるほど古く傷みも激しかったけど、私はやっぱり春名さんの翻訳が好きで、今でもなんとかして手に入れられないかと探している。


……というようなことを、初対面だというのに、ついつい熱く語ってしまったのだ。
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