どうぞ、ここで恋に落ちて
「そういう曖昧な態度の女ってムカつくのよ! "好き"か"嫌い"かって聞いてんの。ハッキリしてよ!」
「そ、それは……」
あまりの勢いに気圧されて、よろけながら後ずさる。
通りに女の人のヒステリックな声がこだまして、道行く人が遠目に様子を伺いながら私たちを避けて通って行く。
本当にハッキリ言うと、乃木さんは私にとって大事なお客様で、恋愛感情があるかと言われれば完全なノーだ。
もし彼が一期書店のお客様でないなら、とにかく彼女に落ち着いてもらうために『嫌い』だって言ってもいい。
だけど、今そう言ってしまったら、乃木さんはもう一期書店へ足を運んでくれなくなるのではないだろうか。
私のひとことで、彼が読書を好きになって、好きな本と出会う機会を奪ってしまったら……?
そう思ったらお客様のことを『嫌い』とは言えなくて、なんとかしてその気持ちをわかってもらおうと、必死に言葉を探した。
「あの、乃木さんのことは、特別に好きってわけじゃないんですけど、でも大事なお……」
その私の態度は、焦って動揺して、言い訳をしているみたいに見えたのかもしれない。
乃木さんの恋人は私の言葉を最後まで聞いてはくれなくて、悔しそうにくちびるを噛み締め、一歩踏み出して距離を縮める。
そして右手を大きく振り上げた。