ひねくれ作家様の偏愛
「オーケーですか」


「うん。恋愛物だと思わなかった。書かないって言ってたし。でも、私は好きだよ、こういうラスト。あったかくて、優しくて涙が出た」


私の言葉はけして嘘じゃない。彼が命がけで書いたものに、嘘やおべっかは使うべきじゃない。
彼の書いた繊細でどろくさい恋物語は、以前どおり、いや以前とは別の輝きを感じられた。
私を魅了する“海東智”の輝きであることは間違いない。

返答に海東くんの疲れた表情がわずかに緩んだ。
しかしすぐに、かさかさの唇がきゅっと結ばれる。


「ま、桜庭さんに好かれてもしょうがないですけどね。原稿持ってとっとと行ってください」


そこまで言って、海東くんが口元を抑えて考える風の顔をする。


「いや、待った。桜庭さん、暇なら散歩に付き合ってください」


暇じゃない。全然暇じゃない。
これでもチーフだ。班では副班長の立場だ。
ただ、それを口に出すほど彼に無関心ではいられなかった。

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