赤いエスプレッソをのせて
独り善がりに放り捨てたなら




山久と出逢ってから、早くも一ヶ月が過ぎていた。

この間に私は、彼から色々なことを聞かされていた。

家族が殺されたことの、以前よりも詳しいあらまし。

ひとりだけになってからどうなったか。

いままでどうやって生活していたか。

絵描きの仕事が安定するまで、どれほど大変だったか。

彼のことなら、伝記をかけるほど聞かされ続けた。

ただもちろん、私は自分のことは語らなかった。

肩に妹・千代が見えるなんて言ったら、どんな顔をされるだろう。

紳士だからという理由で下手なリアクションをされなかったらされなかったで、怖いものが待っている気がした。

だから言わなかったんだ。
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