ストックホルム・シンドローム


…痛いなぁ。


うっかり、だったらまだしも、故意に噛んだとしたら…お仕置きが必要だよね。


…まぁ、いいか。


今日だけは許してあげよう。


こんなところに連れてこられて、沙奈も気が動転しているんだろう。


…僕は血を拭わずホットケーキを手に取ると、再び、沙奈の口へと運んだ。


…沙奈は、
時折えずきながら、食べていた。


…やがてホットケーキの食事を終えると、僕は血のにじむ右手で皿を持ち、扉へと近づいた。


「…夕食は無しにするよ。今日だけはゆっくりと休んでいいから」


「…」


「返事は?」


「…はぃ…」


言葉尻はほとんど聞こえず、沙奈は怒りからか恐怖からか、わなわなと身体を震わせている。


…僕の、何を怖がるのだろう。


そうか、僕と二人きりで生きていけるのが嬉しいからだ。


きっとそうだ。


…きっと、そうなんだ。


「じゃあ、おやすみ」


部屋の電気を消し、沙奈に挨拶をすると静かに扉を閉めた。




…扉を閉める瞬間。


「絶対に、逃げてやる」という声を、
聞いた気がした。




逃げられないように外側から鍵をかけ、皿上のホットケーキのカスを見ながら、笑みをつくる。


…これからの僕と沙奈の生活を邪魔する奴は、みんな殺す。


沙奈は誰にも渡さない。


絶対に、逃がさない…。


「…は、あはは、あはははは」


思わず笑い声がこぼれた。


僕は笑声を絶やさず、キッチンに向かう。


僕自身の笑い声は、
心なしか、乾いているような気がした。


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