「あ、」

「どした?」

千尋のマンションで一緒に暮らし始めたわたしは、
食器を洗いながら嫌なことを思い出してしまった。


「そういえば、」

「ん?」

「あの社内で噂されてた女の人」

「噂されてた女って?」

「えっと、誰だったっけ?」

「何の話?」

「ほら千尋がよく一緒に帰ってる男の先輩!」

「あー、三井さん?」

「そう三井さん!その人が言ってたの」

「…何て?」

「千尋は社内で噂されてる女性が居て、まだ付き合ってないけどって」

「はあ?何その噂」

「知らないの?」

「知らねーよ」

「え、でも自分の噂だよ?」

「そんなのイチイチ気にしてられない」

「…………」

「…麗奈?」

「信じられない、自分の事なのに」

「はあ?」

「それにわたしが最後に会い行った日、千尋その人と一緒に出て来たじゃん」

「え?」

「会社から二人並んで出て来たじゃん」

「え、そうだったっけ?」

「忘れたの?そんな昔の事じゃないのに」

「忘れたっつーか、どうでもいいっつーか」

「…どうでもいい?」

「じゃなくて、そこまで重要じゃないっつーの?」

「…重要だよ!!」

「ったく、三井さんに何吹き込まれてんだよ」


気づいたら、食器は洗い終わっていた。

気づいたら、すぐ側にいた千尋と向かい合っていた。


だけど、
それは甘えたり抱きしめてもらう為なんかじゃなく…

「えー、三井さんは親切に社内の情報くれただけでしょ」

「いつから三井さんを信用する様になったんだよ!あの人はな、常に冗談言ってるような人だぞ」

「先輩に向かってそんなこと言うなんてひどい!良い人だよ」

「はあ?それは麗奈が女だからだ」

最近、こんなのばかりだ。


わたしが些細なことを気にしてしまう少し面倒な性格だってことは、自分でも反省している。


だけど、それでも言え!と千尋が言うから素直に口にすると、結局は言い合いみたいになってしまう事がほとんどだ。


いつもなら、わたしがハッとして謝って終わるのだけど…

今日はそんな風にはいかなかった。


「あー、めんどくせーな」

千尋が頭を掻きながらそう言ったから。


「あ、今のは違くて」

「……もういい!知らない!!」

気づいたらそう叫んで、
客間として使うはずだった何もない部屋に逃げ込んだ。


こうして些細な事がキッカケで、喧嘩が勃発してしまったのだった。



つづく

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