花明かりの夜に
(すっかり桜が満開ね)


夕暮れどきでも空気があたたかい。

旅籠の前でシャカシャカとほうきを動かしながら、周囲の風景に目を休ませる。

春霞に淡くかすんだ山々がつらなる輪郭は、まるで絵のよう。


(きれいね――

自然だけは、いく年経っても変わらない)


これまでの人生で、何度もくじけそうになったとき。

厳しい冬を耐えながら春を待つ新芽のふくらみに、いつもはげまされてきた。


風雪にさらされながら、ただ何も言わずにじっと耐えている。

いつかは春が、花ひらくときが来ることを信じて。



この旅籠へ来てから、はや三月がたつ。

身の回りのわずかなものだけを持って、逃げ出すように出てきてしまってから。

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