君を好きな理由
どうしてですか?
*****




月に一度は社内を回る。

回って施設的に危険はないか、社内の人間が快適に健康に過ごしているか見て回る。

秘書課のドアをノックして開けて、全員の注目を受けた。
その視線が若干冷ややかだ。


……解らないでもないけどね。


狙ってた男を“盗った”女になるんだろうしね、私って。


「……おはようございます。水瀬さん。何かご用ですか?」

観月さんがデスクから立ち上がり、フロアを見回した。


「葛西さんでしたら、今日は会議に出てますが」

「どうして葛西さんに会いに来るような用事が、今、私にある様に見えるの。見回りよ、見回り。最近は五月病の人とかいないー?」

「いても、私に解るはずがございませんでしょう」

「まぁ、それもそうね。そういう人がいれば医務室来てるでしょ」

言いつつ、ドアの脇に綺麗に花を活けられた花瓶に気がついた。

「あれ。秘書課に花瓶あったかしら」

「ええ。今朝から……」

「ドアの付近には置いて欲しくないなぁ」

花瓶に触れて材質を確かめる。

紛れもない硝子製品。

「んー。営業部にも似たようなのがドアの近くにあってね。一人6針縫う怪我をした人がいるのよね。せめて場所変えられない?」

「変えられますが……6針ですか」

「うん。だから各部署の花瓶の配置とか撤去お願いしてたはずなんだけど。結構前になると思うけど、総務から通達来てなかった?」

観月さんは少し考えるように眉をしかめた。

「……失念してました。怪我人が出てたからなんですのね」

「そういう事。社長室にあるような、重そうな壺なら大丈夫だと思うけど、これなら活ける花がドアに引っ掛かると倒れて危ないでしょう?」

「すぐに移し変えます」

「そうして? ごめんね。観葉植物は問題ないけど、硝子製の花瓶は気を付けて欲しいな」

言いながら、持っていたノートにざっと秘書課の花瓶について追記する。

総務部管理の備品が動かされたら、華子が真っ先に気がつくはずだから……これは誰かの私物かな。

男性社員に頼んで花瓶を移している観月さんを振り返り、微笑んだ。

「ありがとう。話が早くて助かった」

「いいですけれど。これも水瀬さんのお仕事なんですの?」

「まぁね。作業場の維持の一環よ。話せる子が居なかったら、総務部の人に頼むところだったから……」

目を丸くされて、苦笑する。

そっと近づいてきて小さく聞かれた。

「その……弊害が出ていますか」

「まぁ、私の場合は当人に無視されたら、上司を通すだけの話だから」

単に面倒になるってだけかな。

さすがに健康診断の結果について、指導したいときに上司にありのままを言うことは出来ないから、少し脅迫めいて医務室に連行した事もあるけど。

自分の健康について言われたら、さすがに無視は出来ないしね。

「従業員の健康管理も私の仕事だし。まぁ、仕事はどんなことも簡単な事は無いわ。こういう事も知らなかった?」

「……数回、秘書課に来られていた事は存じてましたが、その際は他の者が対応していましたので」

そう言えば、秘書課の面子が今日は少ないな。

見ると重役付きの人も、古株の人もいない。

「……今日は役員会議?」

「いえ。そうでは無いんですが」

「あー……と、すると、今日は上の階はパスして下の階に行くことにする」

秘書課に真っ先に来ると、そこら辺が解りやすくて助かるな。
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