何で、あんな奴と付き合ってたんだろう。今の彼氏に抱きしめられる度、そんな疑問が頭をよぎる。


 とうに別れた男に対してぐちぐちと文句を浮かべるなんて、小さい人間だとは分かっている。ましてや今の彼氏といる時に、昔の男のことを考えるなんて……。


 元カレはよく、夜のドライブの最中に、人通りのない山道へと車を停めた。そして私の手を身勝手に引き、真っ暗闇に包まれた雑木林へと向かう。


 ――沙理(さり)……触って。舐めて。


 元カレの一方的な要求を、当時の私は断れなかった。好きな人の性的嗜好についていくこと、それが愛だと思っていたから。それが嫌な臭いでもしなければまた心情は異なっていたのであろうが……私はそれをするのが、全く好きではなかった。だけど彼のためにと、無理を無理と思わず、一生懸命になっていた。


 元々肉欲的なことにはあまり、好奇心は湧かなかった。それでもキスはまだ平気だと思っていたが、だんだんとそれすらもうっとうしくなってきた。元カレの欲求がエスカレートしていくうちに、そういうことのすべてが苦痛だと、脳内に刷り込まれてしまったようだ。


「んー」


 私は静寂な真夜中に突然、今の彼氏の胸の中で、声を上げる。人間は過去のトラウマや後味の悪い出来事を思い出すと、不思議と「んー」とか「あー」とかの、変な声が出る。


「……どうした? 怖い夢でも見たか?」


 すかさず私を抱いていた蜜(みつ)くんが、私の髪を撫でる。


「うん――そんなとこ」


「それって、うちの〈お局〉より怖い?」


「うん」


「げっ……それってかなりやばくない!?」


 蜜くんが歯を見せて笑う。蜜くんの他の人よりちょっと大きな口が、私は好きだった。だって蜜くんが笑うと、今、彼は心の底から笑っているのだなって、思えるから。


「まー、寝とけ寝とけ。睡眠不足の体は、仕事に堪える」


 蜜くんが私の頭を、ぽんぽんと叩く。


「うん――」


 私は自分の顔を、より蜜くんの胸へとうずめた。蜜くんはその雰囲気に相応しい、爽やかな匂いがする。いつも私を、心地よい眠りへと誘(いざな)ってくれる匂いだ。


 彼氏ができる度、この人こそが特別だと思っていたが、その幻想はどれもこれも、見事に打ち砕かれてきた。でも今度こそは、蜜くんこそは違う、蜜くんこそが特別なんだ。蜜くんは私に、絶対あんなことはしない。だって、蜜くんは――。

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