アブラカタブラ!
(六)アブラカタブラ!
「あとでゆうえんちであそびたい」

食事前の息子の言葉だ。
動物の形をした遊具やら、池の中を動き回る鳥の形をしたボートにも乗りたい。
山羊にも触ってみたい。
しかし、襲い来る睡魔は容赦ない。
息子を責め立てている。

向かいのベンチに腰掛けていた老人が立ち上がって、何やら口を動かした。
じっと目をこらすと、見覚えのある気がしてきた。

「アブラカタブラ!」
突然声が届いた。父の声だ。
いやそんなはずはない。父が亡くなって、四年になる。
父の死後に、妻が身ごもったのだ。

友人たちに、生まれ変わりだなと祝福されたのだ。
その父の面影を、老人に見た。
立ち上がってもう一度見やると、老人は居なかった。

「事が上手く運ばなかったら、アブラカタブラ! と唱えてみろ。きっと上手くいく」

 わたしが小学六年生のときだった。
夏休みの工作がうまくいかず、途中で投げ出したときの父の言葉だ。

 半信半疑ながらも、アブラカタブラ! と何度も繰り返しながら作り上げたはずだ。
案外に父の手伝いがあったかもしれないけれど。
以来、事あるごとに唱えた気がする。

「アブラカタブラ!」

息子の耳元で、小声で唱えた。
キョトンとした顔でわたしを見上げると、ケタケタと笑い出した。
そしてもう一度とせがんできた。
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