いきぬきのひ
「……ホントに。お屋敷とは良く言ったモンだ」
 狭苦しい書き割りの風景を縫うように駆けめぐるジェットコースターを目で追いながら、彼が呟く。
 その時、楽しげな悲鳴が箱庭中に響いた。
 思わず振り返ると、大学生と思しきグループが座席にロックされたまま、まだ晴れきれない曇り空へと勢いよく打ち上げられていく。
 平日午後の下町の遊園地は、どこか長閑で、そのくせうら寂しげだ。
「もっとメジャーな方でもよかったのに」
 彼がワイシャツの首もとをゆるめながら、こちらを見た。
「あら、そっちの方が行きたかったんですか?」
「いや、そっちの方がキミも俺も帰りやすかったかな、と思ってさ」
「お気遣いありがとうございます。でも私は、こっちの方が帰りやすいんですけど。なんせ電車一本で帰れますから」
 どうせ俺はさらに乗換だよ、と、ぶうたれる彼を私はケラケラと笑った。

 デザートの杏仁豆腐をほおばっていると、彼が一言つぶやいた。
「今日ってさ、俺、誕生日なんだよね」
 その一言に思わず、あ、と小さく声を上げていた。私の午後休が渋々ながらも受諾された謎が解けたのだ。なんて事はない、今月は私のお誕生月でもあるからだ。
 今の職場は誕生日休暇という、明らかにバブルの遺物と思われるシステムがあった。誕生月の内、一日好きな日を休暇にできるのだ。だからといって一年そこら、まして明日に締め切りを控えた私には、無用なものだと思っていたのに。結局、取ってしまっている自分に少々落ち込む。
 でも、取ってしまったものは仕方ない。それならいっその事、有効に使うべきだ。
「じゃあ、どっか行きましょうか? お誕生日祝いと言うことで」
 私の言葉に彼は、普段めったに見せない子犬みたいな笑みを満面に浮かべた。
「なら、麻衣子さんの行きたいところ、行きましょうよ」
 なぜ、私の? なんて、ここで言うと、彼は絶対へそを曲げて、始末に負えなくなる。だから、何も言わずにニコリと笑って、頷いた。
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