ありふれた恋でいいから

遠ざかる過去と目の前の日々

――あの日から、振り返ることをやめた。
前だけを向いて生きてきた。
心の片隅で燻り続ける罪悪感に、気付かぬフリをして。
どうしようもない喪失感に負けて、回れ右しないように。

きっと、人間は忘れていく生き物で。
そして痛みに慣れていく生き物で。

だから、ただひたすらに自分の目の前に広がる世界に目を向けてさえいれば、想い出と記憶の境界線は次第に曖昧になっていく。

曖昧になっていくんだと言い聞かせて。

俺は、ただ前だけを見つめていた。






「映画、やっぱりつまんなかった?」

「いや、そんな事ないよ」

そうして俺の目の前に広がる世界には、いつしか梓が隣にいるようになっていた。
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