SAKURA ~sincerity~
遠い春、遠い花
 満開の桜が緩やかに夜風に吹かれ、淡色の花びらを、地上に乱舞させている。それはまるで雪のように儚く美しく、はらはら、はらはらと舞い散り、拓人(たくと)の心もほんのりと同じ色に染めてゆく。

 また、この季節が来たんだな。
先ほどから飽きる事なく桜の樹を仰ぎ、時々感慨深げに長く息を吐き出しながら、拓人はゆっくりと、遠い春へと思いをはせた。




「つ、付き合ってください」

 高校の入学式とその後のHRが終わり、新入生や在校生が下校を始めていた頃、先ほどまで入学式が執り行なわれていた体育館の裏で、拓人は同じ中学に通っていた浅野桜(あさのさくら)に突然、交際を申し込まれた。

「ず、ずっと……好きだったんです! 友達からでもいいから、よ、よろしくお願いします!」

 まるでバラエティ番組の企画で、どう見ても分不相応な女優に告白するお笑い芸人のようなカチカチな告白。手を差し出す代わりに頭を下げている桜に、拓人は当惑と困惑が入り混じった表情で、ただひたすら、目を泳がせていた。

「あ、あの……」

 こういう時、どうすればいいのだろう? 告白された事など初めての拓人は、本当に驚いていた。何を言うべきか、ドラマや映画のようなうまい文句をさっきから必死に探しているが全く見つからない。ただ、桜に対しては正直、好意を持っていた。

 どうすればいいのだろう? こういう時、本当に何と言えばいいのだろう?

 ややパニック気味な頭の中は、考えれば考えるほど真っ白になってゆく。桜はというと、ずっと頭を下げたままじっとしている。あまり長い間そのままにしていては、さすがに忍びない。パニックと焦燥の中、拓人はどうにか言葉を絞り出した。

「あ、浅野……顔、上げろよ」

 こんな事しか言えないのかと落胆する。と、桜が顔を上げ拓人を見つめてきた。何とも不安気な瞳が、拓人を更に戸惑わせる。

「えっと……あの、俺なんかで、いいの……?」

 何をどう言えばいいのか完全に判らなくなり。半ばパニックになりながらようやくそんな言葉を絞り出す。それもそのはずで、拓人は正直、とても不思議だった。特別勉強ができる訳でも、スポーツ万能な訳でもない。極々平凡な自分のどこがいいのだろう? すると桜は一度唇を引き結んだ後で、その問いに答え始めた。

「中学の頃から……ずっと風間(かざま)くんが好きだったの。風間くんじゃなきゃ……駄目なの」

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