SAKURA ~sincerity~
MOON stone
 桜が発病してから三年が経ち、季節はまた春を迎えようとしていた。

「毎日ありがとう」

 病院の中庭を二人で散歩しながら桜は微笑み、そのまま空を見上げ、拓人が押す車椅子の背に体を預けた。

 闘病を始めて三年。入退院を繰り返しながらも高校を卒業した桜だったが、教師になる為の大学進学は叶わなかった。二人が付き合い始めた春から五年になり、桜は病院で二十歳に、更に二十一歳の誕生日も迎えようとしていた。

「寒くない?」

 ゆっくり車椅子を押して歩きながら拓人が尋ねると、桜は静かにうなずいた。

「そういえば、七海が今度、ウィッグ持って来てくれるって。イケてるやつ」

「俺は準平からカットの練習台になれってしつこく言われてる」

「ふふ、準ちゃんらしい」

 準平と七海は高校卒業後、美容専門学校にそろって進学し、今春、無事資格を得、卒業した。就職先も決まり、将来は二人で一緒に店を持ちたいとのろけては、拓人に苦笑いされていた。

「皆、ちゃんと夢に向かって進んでるんだね……」

 中庭にある大きな桜の樹を見上げて桜が呟く。その頭は白いニット帽で覆われていた。

「今年はなかなか咲かないね」

 その年は三月になっても寒い日が続いたせいか、中庭の桜の樹は枝一杯に蕾を散りばめながらもまだ開かず、例年より桜の開花が遅れていた。

「……まだ、ちょっと寒いよな」

 桜の呟きが拓人の胸を小さく刺す。が、拓人はその痛みを素直に受け入れ、微笑みに変換した。

「すぐに暖かくなる。そしたら咲くよ」

「……そうだね」

 呟いて、桜が膝に置いた両手の指を静かに組む。その細く、透き通るような白い指先に、拓人の胸はまた痛んだ。

「何か……温かい物でも買って来ようか?」

「ううん、いい」

 拓人の申し出に首を振り、桜がもう一度空を見上げた。




「わりぃ」

 ドアを開けて店内に入るなり、準平は先に来ていた拓人にそう言った。

「ジントニック」慣れた様子でバーテンダーにそう言い、拓人の隣のスツールに座る。

「呼び出しといてわりぃな」
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