現状報告、黒ネコ王子にもてあそばれてます!【試し読み】


吉田さんは、異動の辞令が出たとき、イヤがってたな……。

昨日まで隣の席に座っていた吉田さんは、あと数週間で二十六歳になるわたしの、三つ上の先輩。

入社したときから教育係として指導してもらい、そのまま一緒に仕事もすることが多くて、頼りになるお兄さんのような存在だった。

わたしも四月で入社四年目となったので、さすがに独り立ちはしているけれど、困ったときはよく助けてもらっていた。

まだまだ教えてもらいたいことがあったのに、残念ながら今回の異動でアーニー不動産に出向となり、代わりに新しい人が来る。

コーディネート課から離れることを寂しがっていた吉田さんだけど、昨日は『いい仕事ができるようになって戻ってくる』と言って、笑顔で去って行った。

そうだ。わたしも“異動したかった”なんて思わず、気が紛れるくらい、今の仕事を頑張ろう。そうしたら、つらかったことも忘れられるはず。

気を取り直してクライアントに送る資料をまとめていると、後ろに人の気配を感じた。

「和紗」

声を掛けられて振り返ると、同期の赤谷未香子(せきやみかこ)がいた。艶のある黒髪をひとつにまとめ、スタイルのよさが際立つシャツにパンツというシンプルな格好をしている。

「未香子、どうしたの?」
「今日から新しい人が来るんでしょ。名刺、持ってきたの。吉田さんの次に来る人は和紗の隣でいいんだっけ?」

人事総務部人事課の未香子は、異動してきた人の書類や名刺を準備して配り歩いている最中らしい。

「そうだよ。まだ来てないんだ」

わたしがうなずくと、隣の空いている席に名刺が入った箱を三箱置いた。

「なんか、相当カッコイイ人みたいよ。堅物で有名な人事課のお局様が嬉しそうにハシャイでたもん」

未香子は名刺を置いたばかりのデスクを細い指でチョンチョンと指す。そして、切れ長の目のにんまりとさせ、コーラルピンクのグロスが塗られた唇から白い歯を見せて笑った。

とっつきにくそうな美人顔の未香子だけど、笑うと途端に愛らしくなる。


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