【流れ修正しつつ更新】流れる華は雪のごとく

『──霧氷様…どうして』


『───私は、貴方が』


『幸せになることを、願ったのに───……』
 

有明の思念が頭の中に入ってくる。

この術をかけたときも、強い想いを抱いていたのだ。

霧氷に対して、恋慕以上の情を。

それはもはや恋などという生易しいものではなく、執着だった。

この術は、この世に残った有明の最後の想いだ。

何百年もの月日を経て募った、彼女の想いだ。


私が、この術を解く。全てを終わらせる。


じりじりと焼けつく手を、井戸に近づけた。

露李から金銀の光がこれ以上ないほどに放たれる。

そしてその瞬間。


「いっ!?」


バチンと音がして、青色の光が輝き、消える。

消失と伴った痛みに思わず声を上げたが──それ以上に、終わったのだという気持ちが露李を満たした。


「解けた…?」


「みたいだね」


疲れるよ、と水無月はそっぽを向いた。


「ありがとう、睡蓮さん」


汗を滴らせる睡蓮に向き直りお辞儀をすると、彼は清んだ赤紫の目をキョロキョロさせる。


「いやっ、俺は別に姫さんに申し訳ねぇのもあったし」


矢継ぎ早に話す睡蓮。


「ありがとうはこっちの台詞」


言われたことを上手く飲み込めず、首を傾げる。


私お礼を言われるようなこと、してないのに。


「嬢ちゃん、ありがとうな」


「私からも、ありがとうございます」


魔を追い払っていた二人も地上に下り、ぺこりと頭を下げた。


「何で…」


「扇莉を、理解してくれたからだ」


秋雨が静かに口を開く。


「憎しみをぶつけずに、扇莉を理解しようとしてくれた。あいつの想いを、あいつの本来の姿を見抜こうとしてくれた。それだけであいつは─扇莉は、どれだけ救われたか分からない」


その言葉に露李は首を横に振る。


「私は、憎しみで有明様に戦いを挑みました。秋雨さんが言うような人間じゃありません」


確かにあのとき、憎しみを以て有明に戦いを挑んだ。

それは間違いない。

高潔な人物像は自分には相応しくないと、露李は確信していた。


しかし秋雨は頷かなかった。

それどころか笑みを浮かべ、優しく露李を見つめている。


「…ああ。君は、そういう人だと思っていた」


「何だよ露李を分かったように言わないでくれるかな」


「お前ほどじゃないから安心しろ、水無月。露李姫、あの一緒に暮らした短時間で、扇莉は心を動かされていた。…それこそ、宵菊は男だと変な嘘をついて面白がる位には。…久し振りに楽しそうな顔を見た」


もう二度と見ることはないと思っていた顔だった。

有明本人は心を動かされたことに戸惑い、それさえも嫌悪していたようだったが。


「…露李姫が君でなければ、きっと結末は違っていたはずだ」


これだけは言えると、秋雨は強い瞳で言った。

露李もおずおずと笑いかけ、その先を見て目を見開いた。


「あ…!!」


今まで感じていた魂が、ふわふわと実体を伴って輝きだしたのだ。

身体が次々と魂の元に現れる。


「…そうか。この術の中心の井戸に集まらなかったのはそういうことか」


水無月がぼそりと呟いた。

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