そして奏でる恋の歌~音楽家と騎士のお話~
2. 付きまとう音楽家
「本当についてくるとは思わなかった。」
「絶対逃さないって言いました。」

次の町に向かう馬車のなか、極力小さな声で呟いた言葉もあっさり拾われてイザークは胸の内でさらに頭を抱えた。それはそうだ、シャディアはイザークのすぐ隣に腰かけて並んでいるのだから。あの時どうして勢いに負けてしまったのか。

「ここからは徒歩での旅になりますよ。」

街を出る前に事だった。歩いて町を出ることになれば付いてくることも躊躇うか、そう僅かに望みをかけて嘘をついてみた。しかし思惑とは異なり、むしろ大歓迎だといわんばかりにシャディアはついてきたのだ。少しの躊躇いもなく二つ返事だった。

「はい、分かりました。」

強がりかと思い少し様子を見てみたが、完全に本気モードで杖まで購入しようとしたから慌てて止めた位だ。聞くとすでにこの街には自らの足で歩いてきたという。一人で馬に乗ることも出来るが、お金を工面するためにしばらく前に手放したと語るからイザークも驚いた。だから徒歩の旅には慣れているのだと続けるシャディアに一切の怯みはない。

「徒歩の旅だなんて無謀だと思わないのか?」
「この街はすぐに出なきゃと思ってたし問題もなし!この足だって…まあ、頑張れば動くしね。」

痛めた足を浮かせるとそうやって悪戯っぽくシャディアは笑う。それはイザークのため息を深くするものだと分かっていないらしい。痛みが引いた訳でも無いだろうになんて無茶をするのか、微かな希望が絶たれた瞬間だった。どうしても諦めてくれるつもりはないようだ。

始めから歩いて王都に移動するつもりなんかない。自分の馬だってあるのに何を馬鹿な策を打ち立てたのだと浅はかさに情けなくもなった。その自分の馬は外で馬車に手綱を繋がれた形で後ろを付いてきている。

「不甲斐ない主人ですまない。」

馬車の後ろにくくりつけられるなんて歩きにくいだろうに、申し訳なさでさらにため息が深くなった。一方のシャディアは相棒の楽器をしっかり抱えて楽しそうに揺られている。ブーツで包帯の殆どは隠れているが、治療されている赤く腫れた足を目にしている分多少の痛みを感じ取っていた。少なくとも2、3日は痛むだろうと見ているが、そんな事を周りに感じさせないくらいシャディアは何でもないように取り繕っている。

痛み止めが効いているからだろうか、それとも強がりなのか。どちらにしてもイザークからは多少無理をして平気なようにしているよう見えていた。

「はい、おすそ分け。隣のおじさんから貰っちゃった。」

目の高さまで上げた小さな包みを見せてシャディアは誇らしげに微笑む。視線をシャディアの向こうまで飛ばせば行商か何かのおじさんが穏やかに菓子を頬張っているのが見えた。それはシャディアの手の中の物と同じだ。

「…すまない。」
「ふふ。いただきまーす。」

歌いそうなくらいご機嫌で口に運ぶ、美味しかったのだろう表情が綻んで彼女の背中がようやく丸くなったの見えた。さすがに馬車が走り出すまでは緊張していたようだが街が離れてきた今ではそれは少し緩和されたようだ。もう視界にあの街はいない。

「…街が見えなくなっちゃった。」
「ええ。」
「もう少し…楽しみたかったかな。まあまた来ればいいか。」

確かに彼女が言った様に街を離れたことはいい判断だと思う。シャディアを助けたあの時、イザークは彼女を追う男の姿を目にした。ただの町人だと言い切るには首を傾げたくなるような人物でイザークの記憶にも異質なものとして残っている。そういう意味では彼女の判断が正しいと思った。

長居をして腹の虫が治まっていないあの男と鉢合わせをしようものなら何をされるか分かったもんじゃない。さっきの言葉は本心だろう、どれだけ口にしなかったとしても本当は怖かったに違いない。

「あの街は織物が盛んな場所だそうです。今度はゆっくり観光するのもいいかもしれないですね。」
「織物?へえ…新しい服でも見たいなあ。」

そう口にする姿はどこにでもいる普通の女性と変わりはない。そんな彼女がトラブルに巻き込まれたのは不運だったとしか言いようがないだろう。

「ねえ、イザークさん。その時は一緒に行きませんか?」
「…生憎と休暇も取れない身なので。」
「えー。じゃあ今回のお休みは滅多にない機会だったってこと?」
「ええ、まあ。」

だから少しは遠慮をして解放してほしい、そういう願いを込めたイザークの頷きにシャディアは特に何も感じなかったらしい。へえ、良かったですね。そんな慰めの言葉を駆けられてイザークはどうしようもない切なさを感じながら口の中にあった菓子を飲み込んだ。

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