そして奏でる恋の歌~音楽家と騎士のお話~
4.攫われた音楽家
「さっそく城に招きたいところだがな、生憎と任務中だ。さてどうしようか。」

最初の頃の緊張感はどこへやら、これからの方針が決まったことによってその場の空気は多少和やかなものになっていた。昼も近付いてきたことから昼食の案内もされたほどだ。

街馬車の時間を待っているという二人に難色を示したのはエリアスで、騎士団が保有している馬車を使う様に手配してくれることになった。その方が場内に入りやすいという事と、身元がすぐに保証されやすいという利点があったからだ。それに何故か狙われやすいシャディアには護衛が必要だろうという判断もあった。

「騎士団の者を付けようか。」
「イザークに送らせてはどうでしょうか。彼はまだ休暇中です。」
「そうだな。イザーク、俺から一筆書いておくからシャディアどのを城にお連れしろ。」
「はい。」

エリアスとの出会いがあった事により、イザークとはここでお別れかもしれない。そんな不安を抱いた先の展開にシャディアは人知れず胸を弾ませた。エリアスの命にすぐに答えたイザークを見上げる。その目が、表情がどれだけ安堵と喜びを表していたかを当の本人たちだけが気付いていなかった。

「どうした?」
「ううん。もうしばらくお願いします、イザークさん。」
「ああ。」

シャディアの声にイザークも応える。その表情がこれまで見たことがないくらい優しい物だったことをエリアスとトワイは驚き半分楽しさ半分で眺めていた。

「無自覚だと思うか?」
「おそらく、双方に。」
「双方?あいつの方だけだろう。」

エリアスの声でよくよく見つめてみれば確かにシャディアは深い情を抱いているような仕草をしていた。そうですねとトワイが同意すればエリアスが喉の奥で笑う。

「イザーク、シャディアどの。あまり時間は取れんが共に昼食に行こう。二人の出会いを詳しく聞こうじゃないか。」
「それはいい。なあ、イザーク。」
「お断りします。」

完全に揶揄うつもりな雰囲気を感じ取ったイザークは平坦な声色ですぐにそれを断った。イザークに判断に驚いたのはシャディアだ。いくら親し気に会話をしているとはいえ相手は王族、その申し出を断ることがどんな罰に繋がるか考えるだけで恐ろしい。

「別にいいだろう。」
「よくありません。殿下はまだシャディアどのから微塵も信用されていないことをお忘れなく。」
「…おお…いつになくイザークが厳しいな…。」
「今回はイザークの方が正しいですね。殿下、諦めましょう。」

トワイの言葉に残念そうなため息をエリアスが落とす。3人の様子を見ていたシャディアはイザークが罰せられないかがとにかく心配だった。おろおろと窺うシャディアにエリアスが微笑む。

「いつもの戯れだ、気にしないでくれ。」
「は、はい…。」
「任務に復帰した時にでも聞くとするさ。さて、時間だな?」
「はい、参りましょう殿下。」
「シャディアどの、帰城の際には顔を出す。無事の旅路を。」
「は、はい!ありがとうございます。」

シャディアと言葉を交わすエリアスの横でトワイが少し不機嫌そうに見つめるイザークに声をかけた。まるで保護者のようだと苦笑いをする。

「そう不機嫌になるな。」
「トワイ。」
「イザーク、こちらはあと一歩のところまで迫っている。シャディアどのをお連れしたら合流してくれ。」
「分かった。」

少し休みを返上することになるがと断りを入れるが、イザークは何の問題もないと答えていつもの凛々しい顔つきを見せた。互いに頷けば任務に対する意識を確認しあうのだ。

「ではな。」

手を挙げて去っていくエリアスとトワイにイザークとシャディアは頭を下げた。扉が閉まる音がして靴音が遠退いていけば、緊張の糸が切れたシャディアは腰を抜かしそのまま座り込んでしまう。

「シャディア?」
「はあ…王子さまだった…。」
「当たり前だろう。」
「あ!ていうか先に言ってよ!あの方は王子さまのことなんだよーとか。」
「…言える訳がないだろう。」

興奮のあまりイザークに嚙みついてみても、やはりイザークの言い分も尤もなわけで。シャディアの勢いは次第にしぼんで今はただ純粋な疑問が頭の中に浮かんでいた。エリアスという王子は随分と騎士に対しても距離が近かったように思うのだ。

「シャディアは勝手に考えを走らせすぎだ。」
「…それは自覚があるけど。」

ドーラを抱えて床に座ったままのシャディアは口を尖らせて呟いた。イザークの言葉が鋭く突き刺さっているのが分かる。

「色んなことがありすぎて全部に焦ってた。」
「…その理由は理解している。」

イザークのその言葉はシャディアとエリアスによって知らされたシャディアの故郷の事を指しているとすぐに分かった。目を伏せていれば目の前でイザークが目線を合わせる為に屈んでくれた気配を感じる。

「…お腹空いちゃった。」
「そうだな。砦内の食堂を使えるが…外に行くか?」
「うん。騎士団の…あの紋章はあまり見たくない。」

そう言われてイザークはこの会議室の中にも紋章が壁に大きく描かれていることに気が付いた。ここはシャディアにとって嫌な記憶を思い出させる場所だ。そして砦内にはこの紋章と砦の兵団の紋章がいくつも描かれているのだ。

「じゃあ、行こう。」

自分が先に立ち上がると当然の様にイザークが手を差し伸べてシャディアを促す。一瞬驚いたようだったが、視線を逸らしながらもシャディアはその手を取ってゆっくりと立ち上がった。

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