朔旦冬至 さくたんとうじ ~恋愛日和~

陽和の・・・初恋

もう10年以上
前の話。

朔と陽和は,
1年生のころから
ずっと同じクラスだった。

男子と話すことさえ
苦手だった陽和にとって
朔だけはちょっとだけ
話すことができる相手だった。

そして,クラスでも
中心的存在の
朔と話すことで
他の男子とも
少しずつ話ができるように
なっていった。

3年生になっても,
同じクラスになった
陽和と朔は…

男女隔たり無く
毎日一緒に遊んでいた。

「さくちゃんもひーちゃんも
 かくれんぼしよう!」

美咲が声をかける。

クラスで一番美人で
活発な彼女,
二宮美咲は,
いるだけで周りが
ぱっと明るくなるような
少女だった。

クラスのほとんどの
男子は彼女に
憧れを抱いていた。
陽和一筋の朔を
除いて・・・。

引っ込み思案の陽和とは
対照的な性格の
美咲だったけれど,
なぜか美咲と陽和は
気が合っていた。

「おう,いいよ。」
「うん。」

陽和と朔は
二つ返事で
かくれんぼに
加わった。

それぞれ思い思いの
場所に隠れたけれど,
陽和は隠れ場所を
探しかねていた。

とりあえず,陽和は
後者の裏側にある
給食室のさらに裏側へ
行ってみた。

この辺ならどこか
隠れられる場所が
あるかもしれない。

そう思っていたけれど,
随分近くで
「鬼」の声がしている。

 どうしよう…
 このままじゃ
 見つかっちゃうなあ。

陽和はそう思って
隠れられる場所を
探していると,
垣根の方から腕が伸びて
木の陰へ引っ張り込まれた。

「きゃっ!!」

給食室裏の椿の並木の下。
そこにいたのは
朔だった。

朔は「シーッ」と
指を立てた
ジェスチャーをして
陽和に黙るように促した。

陽和は外に目をやると
葉っぱと葉っぱの
間から誰かの洋服が
見えた。

そしてその足音は
だんだんと
遠ざかって行った。

「よかった見つからなくて。」

朔はにっこり
笑って陽和の方を見る。

「ぼーっとしたら,
 見つかっちゃうよ,
 陽和。」

「・・・うん。」

陽和はほんのりとした
うれしさと
照れくささの中に
恥ずかしさを感じていた。

1年生のころから,
何をしてもイマイチな
陽和の手を朔が
ひいてくれていたことに
少しずつ気付き始めていた。

 どうして私って
 こうなんだろう。

かくれんぼの隠れ場所
まで,朔に誘導して
もらわないと
見つけられないのか。

陽和は自分を
情けなく思っていた。

そんな陽和の思いとは
裏腹に,朔は
陽和の手をつかんだまま
離せずにいた。

朔にとっては
陽和と手をつなげるなんて
またとないチャンスだった。

まるで捉えた獲物を
逃がすまいとするように
朔の独占欲は陽和の手を
強く握らせていた。

陽和は朔が
自分の手を握ったままで
あることに気付いた。

そしてどうしたらいいか
わからず,ただただ
鼓動を高めていた。

陽和はそのことを
意識し始めてしまうと
今度はこの,
「朔が自分の手を
 握りしめている」という
事実が恥ずかしくて・・・
顔が赤くなっていくのを
感じていた。

朔の緊張はピークに
達しつつあった。
陽和は自分とつないでいる
この手に意識を
持ち始めているのだろうと
感じていた。
そして…
陽和の気持ちを
推し量っていた。

陽和は嫌がっているのか
それとももしかして
ドキドキしてくれて
いるんだろうか。

朔は意を決して
陽和の目を見た。

陽和は赤い顔をして
上目遣いに朔の方を見た。

朔は・・・
その顔があまりにも
可愛くて愛おしくて・・
照れ隠しににっこりと
陽和に笑いかけた。

だけど,陽和の表情が
困惑してくるのを感じ
今度は,心なしか
切なそうな表情に変わった。

朔はまた,
陽和の気持ちを探っていた。
じっと目を見つめながら
陽和の思いを聞きたくて
たまらなかった。

陽和は朔に見つめられ
恥ずかしくて
ドキドキして
たまらなかったけれど
朔のまっすぐな瞳に
目をそらせることが
できなかった。

みつめあっていた二人の
周りの時間は
一瞬時が止まったように
感じた。

そして・・・

朔は握ったままの
陽和の手の甲に
そっとキスをした・・・。


朔にとっては,
溢れだした思いの表現が
その形だったのだけれど
陽和にとっては
朔のその行動は
すごく衝動的で
艶めかしく感じた。





「わ!!」

陽和は驚いて
その場に尻餅をつき
さっと手を引いた。

その・・・
恥ずかしい気持ちと・・・
驚きと・・・
何かいけないことをしたような
背徳感で・・

陽和はその場に
居ることさえ
憚られる思いだった。

その場から消え去りたくて
陽和は外に出ようとしたが,
近くに「鬼」がいることに
気が付いて
その場を離れることが
できなかった。

陽和と朔は無言で
再び目を合わせる
こともできぬまま
そこに隠れ続けた。

結局見つかることなく,
「あと5分」を知らせる
予鈴を聞いた。

朔は陽和のことを
じっと見つめていたけれど
陽和は朔の方を
見ることすら
できなくなっていた。

そのまま,
何も言わず
靴箱へ向かった。

出席順で隣同士の靴箱に
靴を入れながら・・・
なんとか振り向いてほしい
朔は,何度も陽和の方を
向いたけれど,
陽和は朔の顔を
見ることができなかった。

朔からの強い視線を
感じつつも
朔の方を振り向く
勇気がなかった。

陽和はその日の
5時間目のことは
よく覚えていない。

そのときの席は,
陽和が朔の斜め前と
いう配置だった。

もちろん授業中に
陽和が振り返って
朔を見ることは
ないのだが,
なんとなく
意識してしまっていた。

 朔ちゃんはいったい
 どういうつもりで
 あんなこと・・・・?

陽和の頭の中は
そのことばかりが
めぐり続けた。

その日の夜も
次の日も
朔のことや
あの行動のことが
頭から離れなくて・・・

陽和は思い出すたびに
手の甲に熱を感じていた。

 胸がドキドキして・・・
 キュッと苦しくなって・・・
 頬が熱くなって・・・
 涙が・・・出てくる。

 どうしたんだろう・・私。

これまで味わったことの
ないような思いに
陽和は困惑していた。



あれから陽和は朔と
目を合わせることすら
できなくなった。

そして,話も・・・
ほとんどしていない。

前みたいに・・・楽しく
話すことができない。

第一,朔に言葉を発しようと
思うと緊張で・・・
唇が震えてしまうのだ。

 私・・もう
 朔ちゃんと話も
 できないのかしら・・・?

陽和は,つらい思いを
抱えていた。




それが・・・
恋だって気づいたのは
何か月か経った後。

図書館で読んでいた本の
主人公が自分と同じ
症状に陥っていることを
発見したときだった。

 私は・・・朔ちゃんのことが
 好き・・・なの・・・?

 だから・・あんなふうに
 胸が苦しくなったり
 ドキドキしたり・・・
 するの・・かな?

陽和は自分自身に驚きつつも
この症状に納得していた。

 朔のことが好きか嫌いか
 と言われたら
 間違いなく好き。

 それも・・・
 友だちとしてみんなと
 同じくらいの「好き」では
 ・・・ない。


意識し始めてしまった
陽和は・・・
もう・・朔と
普通に話すことが
できなくなってしまった。

それが・・・
3年生のとき。

陽和はそのときから
ずっと・・・
朔のことが
好きだった。


それが最新の
陽和の
「恋に堕ちた」記憶。

なんとも情けないけれど・・・
その後の陽和の人生に
そういうことは無かったのだ。
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