きみと駆けるアイディールワールド―青剣の章、セーブポイントから―
 小児病棟では、動ける子はみんな食堂に集まって、朝ごはんを食べる。
「おはようございます」
 あたしは精いっぱい元気に、食堂の看護師さんたちに挨拶をした。看護師さんたちは、必死そうな笑顔であたしに応えた。
「ちょうどよかった! 優歌ちゃん、ヘルプ!」
「はい、何をしましょう?」
「ちびっこたちの手洗いと消毒をチェックして!」
「わかりました」
 子どもたちの食事は大変だ。集まったら、みんなわーわー騒いじゃうし、ぐずったり、床にひっくり返ったり、爆笑したり、ケンカを始めたり。
 配膳も、絶対に間違えられない。年齢や病状、薬に合わせて、一人ひとり、違う食事が用意されているから。
 食事のメニューで言えば、実は、あたしがいちばん面倒かもしれない。あたしが食べられるものは、極端に少ないから。
 あたしが病院にかかりっきりの理由。それは、重い食物アレルギー。
 生まれつき、食べてはならないものが多すぎる。例えば、ふわふわのパンや、ぴかぴかの白いごはん、肉汁のしたたるハンバーグ、しっとり大人な風味のチーズケーキ。おいしいはずのものたちが全部、あたしが食べると毒になる。
 もっと言うと、母乳が飲めない赤ちゃんだった。市販のミルクももちろんダメ。なぜかというと、あたしの体は、お乳に含まれるたんぱく質や糖質をきちんと分解できないから。誤った分解をして、それが体の毒になる。
 医学が発達していないころだったら、あたし、赤ちゃんのころに死んでいたはず。お乳をもらうと、どんどん具合が悪くなっていく。そんな赤ちゃん、誰がどうやっても救えなかったと思う。
 二十一世紀も半ばを過ぎた今だから、あたしは生きている。医学の力で生かしてもらっている。
「優歌ちゃん、お願い! 勇大《ゆうだい》を迎えに行って!」
 また、看護師さんの声が飛んできた。
「はーい」
 あたしは返事をして、廊下を急ぐ。
 看護師さんたちは、疲れていても元気だ。あたしも体が動く日は、一緒に頑張る。同世代の女の子と比べたら、運動オンチなんて言葉では表せないくらい、本当に体力がないのが情けないけれど。
 寝坊した子を迎えに行く。ぐずる子をつかまえて、なだめすかして食堂に連れてくる。
 十歳の望ちゃんと勇大くんは、頼もしい味方だ。
「優歌ちゃん、お手伝いできるわよ」
「おれもおれも!」
「勇大、あんた、寝坊したくせに」
「だ、だから、そのぶん今から手伝うって!」
 あたしは二人の病名を知らない。二人とも、ずっと入院している。大変だったときもあるけれど、今は小康状態らしい。普通の小学生みたいに、よくケンカしている。
「望ちゃんも勇大くんも、ちょっと静かにね。みんながまねしてしまいます」
「はーい」
「あっ、あいつ、別のやつのお盆を持ってる。おい、ダメだぞー」
 手分けをして、間違えがないように気を付けて配膳をする。みんなをちゃんと席に着かせる。いただきますをしたら、小さな子どもたちを見張る。
 男の子って、なぜだか、早食い競争をしたがる。よく噛んでねって、看護師さんに注意されたら、今度は「必ず五十回噛む」という縛りのある早食い競争になった。
 でも、ぐずぐずして食べないよりは、たぶんいいよね。そう思うことにしている。あんまりガミガミ言っても、よくないと思うんだ。ただでさえ、きつい治療を受けている子がほとんどなんだから。みんなで集まっているときくらい、楽しみたいよね。
< 6 / 102 >

この作品をシェア

pagetop