初恋の甘い仕上げ方
第五章
第五章



「あ、その自動販売機の話ならうちの事務所でも何台か担当してるぞ」

「うん、それも別府所長から聞いた」

「植物の博覧会だろ? 事務所ごとにデザインする花が決まってるんだったよな」

「うん。うちの事務所は私の同期の小椋君が別府所長から指名されたんだけど。いいな。私もその仕事がしたかった」

ソファに膝を抱えて座り、ぶつぶつと言っている私に、翔平君は気遣うような視線を向けた。

「自動販売機っていっても、前面のデザインを描くだけで、萌がやりたい本体の設計じゃないだろ」

「そうだけど、それでも、自動販売機だし、一度はやってみたいし」

学生時代に目標としていた自動販売機の設計ではないにしても、こんな機会は滅多にないし、せっかくだから私が担当したかった。

だけど、別府所長が指名したのは小椋君だった。

たしかに彼は私よりも仕事で実績をあげているし、期待の若手として認知されつつある。

博覧会に関わる大きな仕事となれば、小椋君が指名されることに誰も文句は言わないはずだ。

だから別府所長の判断は当然と言えば当然で、そのことに異論はないけれど、それでも残念な気持ちがなくなるわけでもない。

「今でも自動販売機の設計をしたいと思ってるのか?」

翔平君が、探るような声で私に問いかける。

「かなり深刻な顔してるけど、まだあの会社に未練があるのかと思ったんだけど」

「そりゃ……。未練というか、あのときの悔しさが忘れられないっていうか……」

「悔しさ?」

「うん。私ならもっと、誰にでも使いやすいというか、抱っこしてもらわなくてもっていうか」

「は?」

「だから、私ならもっと使いやすい自動販売機を設計できるのにってあのとき感じて、それからずっと」

抱えた膝の上に顔を乗せて、小さな声でぶつぶつ言っている私に、翔平君は訝しげな表情を向ける。

「何言ってるんだ? 抱っこって、俺がしたのか?」

「ううん。美乃里さん……あ、別になんでもない。小さな頃の私の恥ずかしい思い出だから気にしないで」

小さな頃を思い出してつい口を突いて出た言葉に恥ずかしくなった。




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