初恋の甘い仕上げ方
最終章
最終章



私が無事に“水上萌”となり、翔平君の妻としての毎日を楽しみ始めて一年と少しが過ぎた頃、私たち夫婦は新しい命を授かった。

翔平君と組んで進めていた自動販売機のデザインを納品し、ほっと落ち着いたと同時に判明したことに、私も翔平君も驚き、心から喜んだ。

妊娠中から元気に動いていた赤ちゃんは、奇跡的に“萌桃”がアマザンホテルで発売される日に生まれてきてくれた。

三千二百グラムの元気な男の子の産声に、翔平君は涙を流していた。

翔平君のご両親の切なる願いにより、出産は芸能人御用達の有名産婦人科で迎えた。

警備やマスコミ対策が万全な病院であれば、産後の入院中も孫の顔を見に来やすいと言われれば、断ることはできなかった。

身の丈に合っていない豪華な設備に恐縮しつつ、病院のロビーは以前翔平君がデザインしたと聞いて、その思わぬ縁を嬉しく思った。

翔平君のご両親は、私と翔平君が結婚したときのように、双方の事務所を通じて孫が誕生したことを公表し、合わせて息子夫婦への取材は自粛して欲しいとお願いしてくれた。

『こういうときに助けてもらえるからこそ、独立なんて考えられないのよね』

そう言ってにやりと笑う美乃里さんは、おばあさんとなっても相変わらず綺麗だ。

『翔平の成長は仕事のせいでなかなか見られなかったから、桃翔の成長はしつこいくらいに追いかけるって決めたわよ』

“萌桃”の発売日に生まれた奇跡にあやかってつけた“桃翔(とうか)”という名前は家族からの評判もよくて私も気に入っている。

既に翔平君に似て男前に育ちそうな気配を漂わせながら、よく泣きよく眠り、そして母乳もよく飲んでくれる。

育児による睡眠不足はつらいけれど、実家で一か月を過ごして体力もどうにか回復し、翔平君と暮らす家へと戻って三か月が過ぎた。

そろそろ離乳食の勉強を始めようかと育児書を読むのもまた楽しい。

家族三人で送る生活のどの瞬間も幸せに震え、奇跡ってあるんだなと実感している。






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