私が入社してから10日程経過した。


元々都会の高校・大学に通学していた為、電車の乗り換えも迷うことなく通勤出来る。
しいて言えば今までで一番家との距離が遠く、早起きが少し辛いくらいであった。

初日は栗原さんと昼食に行ったが、やはりスイーツが好きなのか、2日目にしてランチにパフェを食べようと誘ってきたので、それを阻止するべく、なるべく自作弁当を持参していった。

特に紹介もなかった堀口さんは既婚者のお子さんを2人持つ母親の為、自身も弁当を持参していた。

「お昼オフィス一人のことが多いから寂しかったのよ~。嬉しいわ。」

ほんわかと周りにピンクの花が浮いているような和む雰囲気を持つ堀口さんと、最近の芸能ニュースやドラマの話をして楽しんでいた。

こっそり堀口さんに、この10日間一度も目にしなかった古賀さんのお昼休憩を聞いてみると、

「ああ、古賀くんね?彼、事務所にすごく近いアパートに住んでいるから、お昼は家に帰っているの。あと、お昼ぐらいは一人で居たいんですって。寂しいよね~。」

どういう経緯で会社に入社したのか、はたまたニートになりそうなところを親が必至に回避したのか、いつかは探ってみたい…ような気分になった。

深見さん…はもう今となってはほとんど事務所に居ないのだが、宇高部長と栗原さんが大体外でお昼をすませている。

一人暮らしを目標にしている私にとって、昼食代は節約すべき上位にあがる項目なので、我慢して自作弁当を続けようとは思うが、
やはり雑誌にも書いてあった通り、OLはランチ巡りがやはり醍醐味の一つだそうなので、毎日ランチ巡りの栗原さんを羨ましく思えた。
まあ、彼女の場合は"スイーツ"巡りなので、羨ましいのかどうかは疑問だが…。



10日目の今日も午前の流れ作業をなんとかこなし、
閑散とした事務所に堀口さんと二人で昼食をとっていた。
お弁当の減り具合も半分に突入した頃、思い出したように堀口さんが「あ」と声を出した。

「あ、そうだわ、そうそう。今日ね、尾川さんの歓迎会をしようって深見さんが言ってたの。ごめんね~耳に届いてなかったよね~。急なんだけど今日大丈夫?」

「え!そうなんですか?」

その後の説明によると、3日前ほどに私が18時で退社した後、一仕事を終えた深見さんが事務所に戻ってきた際に、話を持ちかけたそうだ。
丁度今日は金曜日で、特に制作部も残業はないそうなので、この日に予約しているのだとか。

本当に深見さんは気遣いも優れているんだなぁと尊敬の念を抱いた。


「今日は歓迎会に合わせて制作部も18時あがりになるそうだから、お店も近いし一緒に行きましょうね。」


いつも19時あがりの制作部が18時上がりになる日など、相当ないのか、堀口さんはいつも以上にニコニコしていた。


内心私も心が高鳴っていた。
名ばかりといっても、自分のために開いてくれる歓迎会だ。
それに、なかなか社員同士で食事に行く機会もない為、素直に嬉しい。
しかし、ふと自分の着ている事務服に目をやる。


(あれ…今日どんな服で通勤してきたっけ…)





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もうすぐ18時になるという頃に、タイミング良く…というか予定通りだったのか、深見さんが事務所に戻ってきた。


「お疲れ様。さぁ行くわよ!」


私についてきなさいと言わんばかりにハイブランドのトートバッグにスマホやら書類やろをポイポイと放り込みながら言いはなった。

「あ、じゃあ私急いで着替えてきます。」

事務所の一番端っこに簡易的なロッカー兼更衣室がある。
営業マンが汗や汚れなどで着替えることもあるらしく、持ち主のわからないカッターシャツがところどころ入っているが、ほぼ使っているのは、出勤後と退勤前の事務員である私だ。
以前は2名ほど事務員が居たそうなのだが、どちらかは寿退職かで、続けて辞めてしまったらしく、私が入社するまでの3週間~1か月程は深見さんが残業も含めてこなしていたそうだ。
そのため、ロッカーにはところどころ辞めた事務員であろうプリクラが貼られていた。
今時壁にプリクラを貼ることなんてないのだが…とは思うがまじまじ見ると自分と年齢が変わらない印象があり、寿退社に少し憧れを抱いた。

「じゃあ一階入り口の前に居てるから降りてきて頂戴。さ、制作部も早く片付けて!6時半に予約してるんだから!」

栗原さんはもうすでに退社万全で、タイピングが難しそうなデコレーションされたネイルを暇そうに眺めていた。

「古賀もだからねぇ。はやく用意しなさいよぉ。」

「…俺はいい。」

「深見さぁぁん!古賀が行かないって言ってますぅ!」

「古賀くん!貴方も人数に入っているわよ。支度をして頂戴。」


恐ら気怠そうにしているんだろうなという古賀さんの表情が浮かびながら、背にして私は更衣室へと急いだ。
ドアを開けると共に、口を閉ざしたままだった宇高部長が、

「っしゃ、飲むか!!」

と気合いの入った声が聞こえた。



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「えぇ!深見さんってもう41なんですかぁ?」


お酒のペースも上がってか、栗原さんの遠慮のないセリフが響いた。


深見さんが予約してくださっていた居酒屋さんは、少し割烹料理屋に近い高級さがあって、履物を脱いであがる、掘りごたつ式の個室部屋だった。
最初は足の臭いなど気にしていたのだが、4杯ほどハイボールを嗜んだ今となっては気にもせず机の下で足をぶらつかせていた。

対面式のテーブルに、歓迎会の主役だとはやされて、自分は真ん中の席に座ることになり、右隣に深見さん、左隣に堀口さん、堀口さんの前が古賀さん、深見さんの前が栗原さん。
そして、私の前が宇高部長だった。

まだ10日しか経ってないとはいえ、宇高部長以外はある程度のコミュニケーションをとることができたのだが、宇高部長とは、書類への捺印の催促ぐらいしか関わることもなく、さらに言えば言葉を交わすことなど挨拶以外無に等しかった。
最初は少し緊張していたのだが、手元にお酒が届いた瞬間に、

「尾川、お前飲める方か?」

とふいに聞かれ、元々一人晩酌の経験もある私は、

「はい。好きな方です。」

と伝えると、


「じゃあ、今日は吐くまでいけ。」


と冗談を食らい、場も和み、私も自然と笑顔を出せた。

お酒は好きな方で、飲むならハイボールかビールか梅酒だった。
カクテルやサワーなど、甘い方が少し苦手なのにも関わらず、大学生の頃は店員が間違えて自分の手元にカシスオレンジが来て不快感を抱いたことも暫しだった。
とは言っても、好きなだけで、お酒に強いわけではない。強めのお酒4杯ほどで気分がふわっと酔ってしまうのだが、体質上顔が紅潮しないせいで、いつも周りからお酒を避けていると思われてしまうほどだった。

その分、カクテルしか飲めないという栗原さんが、微量のアルコールで顔を赤らめて瞳をうるうるしている様はとても可愛らしかった。

堀口さんは一切お酒が飲めないそうで、おずおずと深見さんにウーロン茶をお願いしていた。
私を除いたお酒に強い3人は宇高部長を筆頭に、熱燗を何合も追加注文していた。
古賀さんも意外と飲むんだなと、視線を向けると、それに気づいた古賀さんが目を少し泳がせてグイッとお猪口に入っていたお酒を飲みほした。

はじめは歓迎会ということで、どこの大学なのか、家は近いのか、家族構成など、質問が自分に集中していたのだが、家族構成の話題が飛び火し、今は互いの年齢の話に移行していた。

「じゃぁあ、深見さんが41でぇ、弟さんが32?けっこうはなれてるんですねぇ。」

「そうなのよ。私には親も諦めたみたいなんだけど、弟には頻繁にお見合いの話をけしかけてるそうで、ちょっと可哀想だわね。宇高も今年で31でしょう?そういう話は持ち出されるのかしら?」

「いや、うちは放任なんで。それになかなか実家にも帰んないんで、そういう話はしませんね。」

「ぶちょお、彼女いないくてさみしくないんですかぁ?結婚願望とかないんですかぁ?」


「そういうお前もも今のうちに心配しとかねーと、馬鹿で餓鬼は嫁の貰い手がねぇぞ。」

「…ふっ。」

「あぁ!古賀笑ったなぁ!古賀よりナナセの方が結婚できるんだからねぇ!」

栗原さんが古賀さんにチョップを食らわせようと部長の前を栗原さんの手が横切ろうとした時、ふらついて栗原さんの体ごと、宇高部長に倒れ掛かった。
すぐさま部長が「重たい」といって退かしたが、それを目の前で見ていた自分は何故かドキドキしていた。

会話も弾んでいるし、意外なプライベートも聞けて、とても楽しい。
しかし何故か栗原さんと宇高部長との肩の距離が近すぎて、私は気になって仕方がなかった。

体ごと部長に向いて会話しているし、
今日はいつも以上に露出の高めなVネックのトップスにミニスカートだし。

(部長のこと、好きなんだろうなぁ…)

初日でうっすら勘付いてはいたが、やはりここまでくると明らかだった。
会話をしながら、頭の中でふと社内恋愛の良し悪しについて考えていると、
つんと、足先にあたる感覚があった。

(あ、私、今部長の足を蹴っちゃった…?)

申し訳なさそうに部長を見ると、気にもしていなさそうに会話しながら飲んでいたので、ほっと一息ついた。

(冗談でも怒られるかと思っちゃったな…)

内心栗原さんみたいに扱われたいのかと、はっとした瞬間、


(…え?)


また足先に当たる感覚があった。


(え…なんか…当たったというより…)





(……当てられてる…?)



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