あの日のきみを今も憶えている
「いやあ、ありがとうございます。素敵な講演でした」

「今活躍中の画家さんのお話を直に聴けて、生徒たちもいい刺激を受けたことでしょう。お忙しい中、本当にありがとうございました、先生」

「やだ、先生なんてやめて下さい。私は、久しぶりに堂々と母校に来れると思って、嬉しくて来たんですよ」


時は、流れた。

私はどうにか画家としての道を進んでいる。
この一年でようやく、画家と名乗れる自信をつけた。
とかく、現実はシビアなものだ。世界は広い。腕を磨かなければ。


「いやいや。素晴らしいご活躍ではないですか。今度はフランスまで行かれるとか」

「絵画保存修復要員としてお声がけ頂いたんです。それだけでも有難いんですけど、ドガの絵だと言うので、いてもたってもいられなくって」


原画をこの目でみられるのは、この上ない幸せだ。
しかも、それをこの手で在りし日の姿に戻すことが出来るなんて。

二か月後の、フランスの空の下の自分を思うと、ニヤニヤしてしまう。


「でも、おひとりで行かれるんでしょう? 先月、ご結婚されたばかりと伺ってますけれど」


退職した杉田先生の代わりに美術部の顧問となったという女性教諭が言う。
私はえへへ、と笑った。


「ええ。旦那には、少しだけ我儘を聞いてもらいます。でも、新婚旅行もしてないから、途中で会いに来てくれるって言ってました」


左手の薬指には、まだ慣れないマリッジリングが光っている。
この指輪をそっと薬指に嵌めてくれたときの、彼の緊張した顔を思い出すだけで笑みが零れる。


「確か、旦那様も我が校の出身だとか」

「そうなんです」


私たちは、いつも三人でいた。

余りに三人でいすぎて、私は二股女だとかクソビッチだとか呼ばれたこともあったっけ。
とても懐かしい。


好きとか嫌いとか、遠慮とか思い出とかごちゃ混ぜにした時期を越して、私は二人の内一人の手を取った。


『ずっと一緒に居たい』


そう言った私を彼は受け入れてくれたし、もう一人の大切な人は、笑顔で祝福してくれた。


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