坂道では自転車を降りて
神井くん歌える?
 体育館での舞台稽古を終えて、部室に戻ると俺の台本が無かった。間違えて違うのを持ち帰って、自分のはどこかに置き忘れたらしい。台本を探しに体育館に戻るとピアノの音がしていた。とりあえず台本を探す。台本は舞台の袖に置いてあった。舞台から落ちていたのを、バスケットボール部のやつが戻してくれたのか、バスケットシューズと思われる足跡がついていた。

 ピアノの音は続いていた。最初はCDか何かかと思っていたが、途中で止まったりするので、誰かが弾いているらしい。体育館の舞台の袖は片側は放送設備室だが、もう片側は物置だ。大きな演台と、時期によってはグランドピアノが置いてある。式典で使うための物だ。誰が弾いているのだろう?覗いてみると川村だった。大野さんがそばで聞いている。

 さっきまで一年の部員に照明装置を見せていたが、終わったのか。今度は大野さんが弾き始めた。川村には遠く及ばないが、それなりに弾けるらしい。また、川村に交代する。さっき大野さんが弾いていた旋律をさらに複雑に繊細にアレンジする。さらに彼女の手が鍵盤の上に加わり、楽曲はにぎやかになって行く。彼女の脚がリズムを刻み始め、まるで踊っているようだ。二人は笑い合いながら、夢中でピアノで遊んでいる子供のようだった。

 何か見てはいけないモノを見たような気がして、心臓が大きく鼓動を打ち始める。ここは立ち去るべきだと思う気持ちと、彼らはどういう関係なのか?という思いが交錯し、鈴木先輩の顔がちらと頭をかすめた。俺は立ち去らず、舞台へ上がり、台本についた埃をパンパンと音をたてて払った。大野さんがこちらをむく。

「あ、神井くん。」
台本をこすりながら、やあと挨拶する。川村はこちらを見たが黙っていた。美しい尾羽を大きく広げた雄の孔雀。だが。。。
「一緒にやる?川村くんすごく上手だから楽しいよ。」
無邪気に笑う彼女は、目の前の美しい羽が自分に向けられているのだと、まだ気付いていない。
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