坂道では自転車を降りて
出掛けるから、コート着て。
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 彼女は身を入れて勉強し始め、本人なりにずいぶん頑張っていた。この時期の肉体的な無理は致命傷になりかねない。いかに集中力と勉強の効率をあげられるかが勝負だ。彼女は精神的に疲れてくると、放課後でも土日でも構わず俺の部屋へやってきて、俺の隣で勉強した。そうやって、モチベーションを維持しているのだということが分かると、俺も迂闊に手を出す気分になれなかった。疲れた彼女の頭を撫でて、励ましてやる時、自分も頑張らねばという気持ちになる。

 だが、夏休み後半まで勉強に身が入らず、スタートが遅れた分は、容易には取り返せなかった。結局、彼女は志望校のランクをずいぶんと下げることになり、両親と教師をがっかりさせたらしい。彼女自身は元来、具体的な目標は持っていなかったようだが、彼等やその周囲の大人達の哀れみを含んだ視線は、彼女をずいぶん傷つけたようだった。

 クリスマス少し前のその日、街には霙が降っていた。駅で電車を降りた俺は、駅ビルの本屋に寄った。クリスマスカラーに飾られた店のメインスペースには、スタイリッシュな文具が並んでいる。ふと目に飛び込んできた布製のペンケースを、俺は衝動的に買ってしまった。若草色と茶色の柄が、バレンタインに貰ったチョコの包みを思い出させたからだ。

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