甘い恋の賞味期限
「千世ちゃん、大丈夫? 何かあったの?」

「失敗した? クビなの?」

 愛菜と心晴の反応がそれぞれで、事情を説明するのも面倒だ。特に、心晴は絶対に面白がるに決まっている。

「行ってくる」

 千世はふたりを残し、聡太に頭を下げてから専務室へと向かった。




 あぁ、嫌だ。入りたくない。
 千世は専務室の前で、ウジウジしていた。息子の千紘と仲良くするのは構わないが、専務とお近づきにはなりたくない。
 ここに来る時、秘書課のお姉様方にも睨まれたし、居心地は最悪だ。

「覚悟を決めろ、私」

 敵前逃亡は情けないぞ。自分を鼓舞すると、千世は専務室の扉をノックした。

「どうぞ」

 入室を許可する声が聞こえて、千世は1度、大きく深呼吸。気持ちを落ち着けて、中へ入った。
 当然ながら、専務室は広い。史朗ひとりが仕事をするには、十分な広さだ。応接用のソファーセットの奥、大きな窓を背にして、史朗はいた。
 千世が入ってきたことに気づくと、史朗はパソコンから顔を上げる。

「どうも。千紘がメールしたと言っていたんですが」

「あ、はい。来てます。元気になったと」

 史朗は頷き、デスクから立ち上がる。
 静子をクビにしたので、今日は母親の薫子に千紘を預けてきた。

「それで、昨日はご迷惑をかけたので、こちらを」

「え?」

 史朗が取り出したのは、ブランド物の袋。
 しかも、2つあるし大きいぞ。ブランドには詳しくないが、このブランドは知っている。老舗ブランドだし、人気があるし、何よりもお高い。

「あ、あの……大したことはしていませんので……」

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