傍にいて欲しいのは
不倫
 雨……。
 降ってたんだ。こんなに濡れていることさえ気付かなかった。

 傘……?
 忘れてきたみたい。あの人の車の助手席に……。

 あの人は今頃、奥さまのいる病院。もう長いこと入院されているらしい。
 あの人と私が出会う、ずっと前から……。

 不倫。人はそう思うのだろう。


 学生時代に友人が妻子ある人と付き合っていた。不倫なんて良くないよ。別れた方がいいよ。そう何度も忠告していたのは私なのに……。
 彼女は言っていた。彼がとても優しいから離れられない。別れるなんて出来ない。きっと本音なのだろう。一年程付き合って、その後、別れたらしいけれど……。


 結婚している男性の魅力って、奥さまや子供さん、温かい家庭があって、だからこそ素敵に見えるのに。そう思ってきたのに……。

 今更、言い訳してもしょうがないけれど……。知らなかった。病気の奥さまが居ること。
 女性の影すら見えなかった。私が勝手に彼は独身なのだと思い込んでいた。
 だからって許されることだと思ってはいない。

「僕には……病気の妻がいる……」

 そう聞かされたのは、あの人の腕の中。心臓が凍りつきそうだった。

 別れよう。別れるべきだ。頭では分かっているのに……。きょうまで離れられないでいる。

 私が奥さまの立場だったら……。そう考えると申し訳なさで、いっぱいになる。



 雨が酷くなってきた。私のアパートまで、まだ少しある。

 もっと早くタクシーを拾えばよかった。こんなに濡れていたらタクシーだって乗車拒否したいだろう。


 この角を曲がると時々入る喫茶店がある。角を曲がると……喫茶店の灯りが消えていた。

 もうそんな時間なんだ……。入り口で少しの間、雨宿りさせてもらおう。

 少し小降りになって私は道に出た。

 その時だった。

 大型バイクが走って来て……急ブレーキの音……。

 喫茶店から誰かが飛び出して来て……。

 救急車のサイレンの音……。

 痛い……。

 そこから記憶がない……。


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