傍にいて欲しいのは
雨と事故
 その少し前……。
 閉店した喫茶店の中でマスターとバイトの男の子が後片付けをしていた。

「きょうは忙しかったですね」

「そうだな」

「雨、酷くなってきましたよ。あれっ? マスター、外に誰か居ますよ」

 店の入り口で雨宿りをしている人影が見えた。

「マスター、入って貰ってもいいですか?」

「おぅ。タオル持って来るから、入って貰え」

 その次の瞬間……急ブレーキの音……。

 店のドアを開けて飛び出した。

「マスター、救急車っ」

「分かった」

 大型バイクの男性と……。
 道に横たわる女性……。

 あっ、時々店にコーヒーを飲みに来てくれる人だ。

「うっ、う~ん……」女性の声が微かに聴こえる。

 大丈夫だ。呼吸はしてる。落ち着け、俺。

 すぐに救急車が来て……。

「マスター、俺、付いて行きます」

「あぁ、分かった。頼んだぞ」

 近くの救急病院に運ばれた。

「付き添いの方は、こちらでお待ちください」


 どれくらいの時間が経ったのだろう。

 主任クラスの看護師さんが来て
「もう大丈夫ですよ。まだ薬で眠ってます。お腹の赤ちゃんは残念でしたけど……」

「えっ? 赤ちゃん?」

「あっ、知らなかった? そうね。ご本人も気付いていないかもしれないわね。二ヶ月に入ったばかりだから」

 そうか……。彼女、好きな人、居たんだな。
 コーヒーを飲みに来てくれる時、いつも一人で寂しそうにしてたのに……。

 告白する前から失恋か……。

「頭も打っていないようだし、骨にも異常はないようです。まあ打撲でも充分痛みはあるでしょうけど。明日もう一度、検査して大丈夫なら、そのまま退院出来ますよ」


 病室に案内された。
 柔らかいミントグリーンのカーテンの向こうで、元々色白の彼女が血の気のない青白い顔で眠っていた。

 良かった。とにかく良かった。

 そうだ。俺は大事な事を忘れていた。

 彼女の家族に知らせないといけないのに……。

 でも何処へ? 

 どうしよう……。
 俺は彼女の名前すら知らなかった。


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