傍にいて欲しいのは
課長
 一人で部屋に居ると何もする気になれなくて、つい携帯ばかり見てしまう。

 あの人からは着信もメールもない。

 何度も私から掛けようか、メールだけでも入れておこうか、そう思った。でもやっぱり出来ない。

 こんなに何日も会えないことは、今までなかったのに……。


 この部屋の何処を見ても、あの人の影はない。会うのは外でだったし送ってくれるけれど、部屋に入ったことは一度もない。

「けじめだから、男としての」

 あの人は、その姿勢だけは崩さなかった。
 その優しさの陰に奥さまの存在を嫌でも見てしまう自分が悲しかった。


 一週間の休みの間、近くのスーパーに食料品を買いに行っただけ。


 それとあの喫茶店……。

 お店が忙しくなると、カウンター席に座っていても話も出来ないけれど。それでも、あの空間に居られるだけで心があったかくなって落ち着けた。

 コーヒーの香りと温かい雰囲気に何故だか不思議なくらい癒されていた。


 そして、あっという間に休暇は終わった。

 一週間ぶりの出社。私が事故に遭ったことは誰も知らない。

「おはようございます」
 頑張って出来る限りの明るい声で挨拶した。

「あっ、おはよう。どうだった休暇は?」
 久しぶりの由美の笑顔。

「うん。ボーッとしてただけよ」

「なんだ。そうなの。思い付いて旅行でもしてるのかと思ってたんだけど」

「残念でした。お土産はないわよ。ねぇ、課長は? いつも早いのに」

「それがね。奥さまが亡くなられたの」

「えっ? いつ?」

「莉奈が有給にしておいてってメールをくれた、あの夜」

「えっ?」

「急に容態が変って、そのままだったらしい」

「課長は間に合ったの?」

「危篤の連絡が入って病院に駆け付けた時には、もう……」



 あの日……。

 課長の車で送って貰う途中に携帯が鳴って……。

「ごめん。送って行けなくなった」

「病院から?」
 なんとなく、そんな気がした。

「君は何も心配しなくていいから」

 私は車を降りて、雨に濡れて、そしてあの事故。


 あの夜、課長は奥さまを私は赤ちゃんを亡くした……。

「葬儀のお手伝いは?」

「うん。課のみんなで、お手伝いさせていただいた。莉奈は、せっかくの休暇なんだから谷山課長代理が知らせなくていいって」

「ごめんね。私、知らなくて……」

 だから電話もメールもなかったんだ。

「大丈夫よ。葬儀会館だったから会社関係の受付だけだったし」

「で、課長は?」

「忌引と課長も休暇を取ってなかったから落ち着くまで、しばらくお休みだと思うわ」


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