傍にいて欲しいのは
何かが……
 それから五日が経って課長は仕事に復帰した。

「長く休ませて貰って葬儀の時も手伝いをありがとう。また、きょうから今まで以上に頑張るから、宜しく頼むよ」

 お昼休みに由美と会社の近くのパスタ屋さんに居たら、課長からメール。誰かに見られても構わないように、女性の名前で登録してある。

『今夜八時いつもの場所で』

 課長の名前は黒沢隆文。私の携帯での登録名は水沢隆美。

 いつもの場所とは、会社帰りに同じ課のみんなが行く繁華街とは逆方向のそれほど大きくない地元のスーパーの駐車場。しかも建物の裏側。まず見付かることはない。

 私が行くと課長は、もう車を停めていた。助手席に乗り込むと

「莉奈、連絡も出来ずにすまなかった」
 隆文さんは私を抱きしめた。

「ううん。あの日なのね、奥さまが亡くなったのは……」

「あぁ、病院に着いた時には、もう」

「そうだったの。少しは落ち着いた?」

「気持ちの整理は付いたよ。もう分かっていた事だったから」

「あの日、私なんかに会っていないで早く病院に行ってあげれば良かったのに……。奥さま、最後くらい見届けて欲しかったと思う」

「僕は莉奈と一緒に居たかった。それがいけないことだと言うのか?」

 喜ぶべきなのかもしれない。きっとそうなんだろう。なのに……。何かが引っかかる。いったい何が?

「今すぐには無理だが、妻の一周忌を済ませたら結婚しよう」

「えっ?」

「何を驚いているんだ? 僕は初めから、そのつもりだった」

「…………」
 私は何故だか動揺していた。

「ところで何故、急に休暇を取ったんだ? あの日、何も言っていなかっただろう? 体調でも悪かったのか? 葬儀の手伝いに君が来なくて安心したのは確かだが」

「ちょっと疲れただけ。休暇も取ってなかったし……」

「本当にそれだけか?」

 あれから一人で雨に濡れて、バイクにはねられて……。そしてあなたの赤ちゃんを流産したの……。なんて言えない。

「まぁいいよ。莉奈が元気なら。何か美味しい物でも食べに行くか?」
 課長は車を出した。

 今までの私なら素直に嬉しかったのに……。黒沢課長としてでなく隆文さんと一緒に居られるだけで……。


 何かが変わってしまっていた。何が? 言葉では説明出来ない。

 変わったのは私? 隆文さん?
 
 それとも二人の間にあった……何か?


< 8 / 13 >

この作品をシェア

pagetop