ナックルカーブに恋して
もうひとつの約束

お盆休み明け、気だるい空気が編集部には漂っていた。

「おっ、高野ちゃん焼けてるね。」

コーヒー片手に出勤してきた社員の咲(えみ)さんが、休み中に溜まったファックスと郵便物を整理していた私に声を掛けた。

「はい、お休み中はずっと甲子園に居たので。日焼け止めばっちり塗ってたつもりだったんですけどね。」

返事をすると、咲さんはニコニコ笑いながら聞いてくる。

「そういえば、高野ちゃんって、あの"魔球王子"の高校だよね?」

普段、野球にまるで興味がない咲さんでもその名前は知っているらしい。
このところ、テレビの情報番組でも取り上げられていたからだろう。

「そうなんですよ。私が三年の時に入ってきた後輩で。一年の時からベンチ入りしてたんですよ。」

自分の事のように得意げに答えてみる。

「へえ、やっぱり知り合いなんだね。」
「まあ、後輩ですから。」

わざと素っ気なく返したのだが、珍しく咲さんはノリノリで話を続けた。

「じゃあさ、今度うちの雑誌でも取り上げようよ!私、企画書書くから、高野ちゃん連絡取ってみて。」

咲さんの口から出た、とんでもない企画に思わず反対の声を上げた。

「いや、咲さん。うち、女性向けのコスメ雑誌ですよ?!無理がありますって。」
「いや、大丈夫!話題のイケメン高校球児のインタビュー記事!新たな購読者層の拡大には持ってこい! 」

休み中、思いっきりリフレッシュ出来たのだろうか。咲さんはノリノリであっという間に企画書を仕上げた。
そして、休み明け一発目の編集会議で、その企画があっさり通ってしまったのだ。
< 9 / 33 >

この作品をシェア

pagetop