―――「ちょっと!ボトル隠してないでもっと飲ませなさいよ!ミシェル!」
「No ! もう駄目よ、ベティ!」
「あんたまでそんなこと言うの?もういい!誰もあたしのことなんか構ってくれなくていいよ!もう帰って!」
「……ここ、私んちなんだけど…」
「いいから帰れー!」
「もうー、ほんっと酒癖悪いんだから…」
口を尖らせるラムカにそれ以上言っちゃ駄目、というふうに首を振って、ミシェルはベティの手からグラスを取ってテーブルに置いた。
「おいで、ベティ」
「う…」
泣き出したベティの肩をミシェルが優しく抱き寄せる。
「Honey , 知っての通り、僕もキースに新しい男が出来たと知った時はそりゃあ絶望したよ。まだ彼を愛してるし、今でも辛いけど……でも、彼を憎んでやしないよ。とっても感謝してる。彼と過ごした日々は…本当に素晴らしかったから…」
「…あんたはキースの浮気現場を見たわけじゃないでしょ」
今の彼女には何の慰めにもならない、というふうにラムカが溜息を吐いた。
「…ミシェル…」
「うん?」
「いつも意地悪言ってごめん」
「ベティ?」
「あんたが男ならよかったのに」
「男だよ?」
「男?男だったの!?初耳だよ!」
「…生物学上ね」
ああ、まただ……
ラムカはうんざりした顔でベティが飲んでいたグラスの酒を一気にあおった。
何度浮気されても結局はハリーを許してしまうくせに。
こうやってあの馬鹿男に浮気される度に、酒を浴びるように飲んでわめいて大騒ぎして。
ああ、ハリーの馬鹿!何故よりによって今日なの?今日は私が『 悲しみの女王 』の座を射止めた筈だったのに!
もう散々だ。朝から色んなことがありすぎて、こんなに身も心も疲れきっているのに、慰めてくれる筈の親友を反対に慰めなきゃならないなんて!それもこれもみんな、ハリーの馬鹿が悪い。いや、あいつらみんなが悪い!
「―― セント・ジョンの理事長もあんたたちのボスも、レイもハリーもキースもショーンも、男なんてみんな、この世から消えちまえーっ!」――― そう叫んでラムカはまた酒をあおった。
「ショーン? ショーンって誰よ?」
「あのさ、ラムカ、君まで酔い潰れると僕はとっても困るんだけど。ひとりでふたりの世話は無理だよ」
「何よ、スリー・サム*の経験あるくせに」
「Hey !!」
今ベティの前でセックスの話題を振るなんて!ミシェルがそう非難するような目を向けた。
当のベティはげらげらと笑ってるってのに。
「大体ね、あの子がいけないのよ!突然現れて訳わかんないこと言うから」
「そうだ!あのチビのせいだー!」
意見の一致を見て右手を叩き合った酔っ払い女ふたりを前に、はぁ、とミシェルが溜息を吐いて首を振った。
「…これだから女は嫌いだ」
「あはっ、じゃあ寝てみるー?」
「うわっ!やめてっ、ベティ!」
Go ahead ! (やっちまえ!) ―― そう言ってラムカは仰け反るように笑い、そのままひっくり返るようにして床にぱたり、と力尽きた。







く、苦しい…!
喉の上に乗った腕を引き剥がし、上体を起こして見てみれば、それはミシェルの腕だった。 
ぎょっとして服を確認すると、自分もミシェルもちゃんと服を着たままだ。ベティはホッとした顔で起き上がった。
テーブルの反対側の床にはラムカが死んだように眠っている。ずきん、と鳴った頭を抱え、取りあえずパンパンに張った膀胱に溜まっている、昨夜の酒の成れの果てを排出するためにバスルームへ向った。
それから勝手にバスルームの戸棚を漁り、ラムカがストックしてあった新しい歯ブラシを見つけ、それで歯を磨いた。
あ、そう言えばあたし用の歯ブラシがあったんだっけ、と思い出した時には既に歯磨きを終えていたのだが。

それから勝手にコーヒー・メイカーのスウィッチを入れ、お腹空いたよ、と足元に擦り寄るデーヴィーに、ラムカの代わりに餌をやった。それから狭いキッチンの椅子に膝を立てて座り、適当に向こうの部屋から持ってきた雑誌をぱらぱらとめくっていた時にその言葉を見つけたのだ。

『 許すということの甘美さを知らぬ愛は、愛ではない 』 ―――

God ! 冗談じゃない。それならあたしは愛を知り尽くしてることになるじゃない。
許すにも限度ってものがある。一体何度許せばいいのだろう?これでハリーがあたしを裏切ったのは何度目?
何故あたしは何度もあんな奴を許してしまうの?――― いいえ、今度こそNo ! よ。絶対に許さない!
よりによってあいつったら、あたし達ふたりのベッドの上で他の女とあんなことしてたんだから!
ハリーの間抜けな顔を思い出しただけで、情け無さにまた怒りがこみ上げた。
あんな早い時間に帰ったりしなければ、あんな場面に遭遇することもなかったのに。
そう後悔しては、いいえ、そのお陰で奴の浮気を知ることが出来たのよ、と思い直す。その繰り返しだった。
今にして思えば、何故あの時、「帰ろう」なんて思ったのか、自分でもよく解らないのだった。確かに急激に気分が悪くなってしまったけど、それ以前に「帰らなくちゃ」、という思いに突き動かされたと言えばいいだろうか。
あれは胸騒ぎだったのか、或いは予感めいたものだったのか、とにかく彼女は普段取らない行動を取った。
そして恋人の浮気現場に遭遇してしまったのだ。
やっぱり何度考えても、それが良かったのか悪かったのか、よく解らないでいる。
はぁ、と溜息を吐き、そこで漸く出来上がったコーヒーを口にしたのだったが――ラムカ、まずいよ、これ。
…ああ、ポールのカプチーノが恋しい。
「ちょっと、もう行っちゃうの?」―― 餌を食べ終え、横を素通りしようとするデーヴィーを捕まえて抱き上げた。
ふわふわしたものを抱き締めると、その瞬間だけは心が安らぐのを感じられる。
Umm…Devi ! まるで恋人にそうしていたみたいに、そのふわふわした体を揺らすようにぎゅうっと抱きしめてみる。
「…ね、あんたは好きな男とか、いないの?教えなさいよ」――彼女はそう言ってデーヴィーの喉元をこちょこちょ、と撫でた。ところが、無理やり抱き上げられたデーヴィーはそれを嫌がり、ふぎゃん、と鳴くと、逃げるようにベティの胸から床に降りてしまった。
Damn !  お腹空いたと甘えてきたくせに、お腹いっぱいになった途端にこれだもの。
「何さ!あんたもあの馬鹿男と一緒ってわけ?」
都合のいい時ばっか甘えちゃってさ ―― 彼女はしゃなり、しゃなり、と優雅に歩くデーヴィーの背に向って悪態を吐いた。

『 ほんとうに大切な人はすぐそばにいる 』 ―― あの不思議な子供の言った一言がその時ふいっと脳裏に浮かんだ。
大切な人?一体誰だって言うのよ?店のボンクラども?唯一まともなミシェル?…それは有り得ないでしょ。
でもまさか、ゆうべミシェルとやっちゃったなんてこと…ないわよね?服、着てたし、彼、バイ*じゃないし。

え…? 

まさか ――― ラムカ!?


彼女は自分で自分の思いつきにコーヒーを噴いた。

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